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 北京オリンピックの開会式、大掛かりでしたね。なかなか良かったです。これまでの開会式で一番凝った内容だと思いました。統制がとれていて、こういうときに国家体制がやっぱり反映されるのだとも思いました。ただ、開会式の途中で五星紅旗が揚がり、中国国歌が流れたときは、ちょっとうなってしまいました。オリンピックの開会式の途中に、開催国の国旗を揚げて国歌を流すということはこれまであったんでしょうか。もしあったとしても、印象が薄く記憶にないです。アテネもシドニーも国旗掲揚や国歌が流れた記憶がないです。今回は、その演出がそうさせたのかタイミングが絶妙だったのか、国旗掲揚と国歌に「国家の威信」を感じてすごく印象に残りました。

 日本と香港の選手団入場のときは拍手を送りました。加油!です。日本人選手団が入場のとき、日本の国旗とともに中国の国旗も手にもって振っていたことが印象的でした。

 で、今回、個人的にすごく惜しかったことがあります。開会式というより開会式中継についてなのですが、一番楽しみにしていたことなのに、果たせませんでした。それは何かといえば、テレビの中継で各国選手団の入場のときに、プラカードがアップにならず国名がよく読めなかったことです。

 私は、今回の開会式でプラカードにある国名の、漢字の当て字を読むことを楽しみにしていたのでした。

 普通、オリンピックの開会式の中継のとき、プラカードの文字がきちんと読めるほどくらいには大写しになりますよね。でも今回はレンズの寄りが小さかったのか、プラカードが小さかったのか、そもそもプラカードを写す気がなかったのか、ほとんどのプラカードの国名が読めませんでした。画面にはっきりとは出てきませんでした。(上の写真のプラカードはリハーサル用のものなのか、きのうテレビに映っていた本番のものとは違うようです。)

 漢字の当て字を「楽しめる」のは、漢字を使う日本人の特権です。普段から漢字で国名を読む中華圏の人々は、当然のことですが漢字の国名を読むこと自体で楽しむことはないと思います。でも、日本人はそれを「当て字」として楽しめます。香港に行って、街なかの看板の漢字の当て字を読むことは、私にとって楽しみのひとつです。

 ああ、私は当て字を読みたかった。簡体字だから読みにくいかとは思うけど。どんな漢字で当てているのだろう、とネットで検索したら、ウィキペディアにありました。ここに今回のオリンピックの全出場国の漢字(簡体字)による国名がリストになってます。

 ウィキペデイア「北京オリンピックの開会式」

 ......え? もしかして、ウチのテレビの画面が21インチと小さいからプラカードが読めなかったということなのでしょうか? 2年ほど前にテレビが壊れたので、デジタル放送完全移行までのつなぎで一番安いテレビをヨドバシカメラで買ったのです。皆さんのお宅の大画面テレビではプラカードの文字は読めましたか?

 いや、ここ最近、この21インチのテレビでNHKとか観ていると、画面下に出る字幕がこのごろやけに小さくなったので、「ああ、大画面テレビに合わせて字幕を小さくしたんだ」と悲しくなったばかりなので。

 ところで、各国選手団の入場行進、もはや、あれは「行進」とは呼べないものになりましたね。軍隊式に行進することが嫌いな人も多いとは思います。でも、私はきっちりした折り目正しい入場行進を見たいです。みんなが思い思いにニコニコ顔でラフに歩くのは、すべてが終わった閉会式でやってこそ、荘厳な開会式の入場行進との対比で生きるのであって、だからこそお別れの閉会式もまた楽しいものになっていたと私は思うのですが、こういう考え方は、もう古いのでしょうか。

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 私はネットでの検索はブラウザの上にインストールしたGoogleツールバーを使っています。

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 このツールバーは使っている方も多いと思います。キーワードを一部入力すると、これまでGoogleの利用者の検索頻度が高かったキーワードが「候補」となってプルダウンの窓に現れます。けっこう高い確率でこの候補のなかに検索したいキーワードが入っています。だから全部入力しなくてもこの候補から選べば済むので、ものすごく便利です。

 ためしに「日本」と打つと、「日本」が付いたキーワードがいくつか出てきます。「日本テレビ」が「候補」の一番上なので、「日本テレビ」のキーワードでの検索が多いのでしょう。2番目には「日本地図」、3番目は「日本旅行」と並びます。「東京」と入力すると、「東京メトロ」が一番上に出てきます。「銀座」と入力したら「銀座三越」が一番上でした。

 じゃあ、「香港」を入力するとどうなるか。

 一番上に「香港 流出」と出てきました(笑)。2番目は「香港 流出 画像」。アチャー。

 エディソン・チャンの 「 『プライベート写真』 流出事件」 のことです。この候補の順番が、検索頻度をどれだけ正確に反映しているのか知りませんが、よっぽどこの写真流出を、ネット上で多くの人が興味を持っていたのかはわかります。

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 ちなみに「台湾」を入力してみたら、この事件の派生なのか「台湾 流出」、「韓国」は、さすが!「韓国 ドラマ」でした。「燃えよ」だと「燃えよドラゴン」よりも上に「燃えよピンポン」が出ました。「サッカー」と入力したら「サッカー日本代表」。

 ついでに、「福田」と入力したら、「福田康夫」首相よりもタレントの「福田沙紀」が上に出てきました。福田首相、もう少し頑張ってください。

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 かつて、香港歴史博物館は九龍公園の中にありました。

 尖沙咀東に移転した現在の歴史博物館とは比べ物にならぬくらいに小さな博物館でしたが、この旧博物館でも、香港の歴史を展示物によって時系列でたどることができました。

 博物館の中を順路を進んでいくと、最後の最後のほうで、戦後から現代までの香港の軌跡をたどるスライドショーがありました。スライドといってもテンポがよくBGMや時おり効果的に音声も入り、また画面も3面スクリーンでなかなか見ごたえがありました。

 香港の街の人々の暮らし、苦難、発展をテーマにして、当時の写真で構成したこのスライドショーは、なかなか感動の内容でした。

 そのときにバックに流れたのが羅文の『獅子山下』です。

 YouTubeで、このスライドショーの雰囲気になんとなく似た映像の付いた『獅子山下』を見つけました。時代が違うので鳥インフルエンザのことが出てきたりしてスライドショーとは中身がかなり異なりますが、紹介しておきます。

 

 博物館のスライドでは、最後に『凝聚毎分光』という曲が流れます。アニタ・ムイ、アラン・タム、サミュエル・ホイなど大物歌手が参加したRTHKのキャンペーン曲です。同じくYouTubeに、スライドショーに似た雰囲気の映像の付いたものを見つけました。これも香港返還時の映像があるので時代は異なりますが、上の『獅子山下』よりこちらのほうがスライドショーの内容に近いです。

 

 博物館のスライドショーは、この曲が最後に流れ、さらにその一番最後に、香港人は皆家族といった感じで親子3代が並ぶ大家族の笑顔の肖像写真が画面に映し出され、そこで終わります。

 私はこのスライドショーを見て、毎度、この曲の最後の「This is our home, This is our place, This is our dream, We love Hong Kong」 のフレーズがかかるところで恥ずかしながら涙が出てしまいました。知人にそのことを言ったら、「アナタは香港人か?」と笑われましたが、とにかく、このスライドショーを見るとダメでした。誰しにもツボにはまった映画というのがあるかと思いますが、それと同じで、私はいつもこのスライドショーの最後のところでなぜかスイッチが入ってしまい、何度見ても涙が目に浮かぶのでした。

 私は香港に行くたびにこのスライドショーを見るために歴史博物館に足を運び、ほかの展示物は全部スルーして最後のスライドショーだけ何度も見ました。

 まだタワーレコードやHMVがなかった(と記憶しています)ので油麻地周辺のCDショップに行き、羅文の『獅子山下』の入ったCDはなんとか手に入れましたが、スライドショーの最後に流れる音楽は題名が分からずどうしていいか迷いました。以前、私は曲名を知らなかった中国のマーチ『三大規律八項注意』のメロディを、香港のCDショップの店員さんの前で口にしてCDを手に入れたことがあるのですが、店員さんの前で「We love Hong Kong~♪」と歌う勇気はありませんでした。

 そこでスライドショーをビデオカメラに撮り、それを持ってCDショップに行き、イヤホンで店員さんに曲を聞いてもらいました。すると、しばらく黙って聴いていた店員さんの顔がぱっと明るくなり「ああ、これね!」という感じで1枚のCDを出してきてくれ、やっと手に入れることができました。

YouTube 『凝聚毎分光』(歌手と歌詞が見られます。画像は粗いです)
http://jp.youtube.com/watch?v=8By2Q585T2I&feature=related


 その後尖沙咀東に移転した現在の香港歴史博物館でも、戦後の香港を映像で見るコーナーがあります。その映像はスライドからビデオに変わり、それを見るための席は映画館のようにひな壇に並び豪華になりました。ビデオの内容はかつてのスライドショーとテーマは同じで『獅子山下』も流れなかなか感動的なのですが、私はいまでも九龍公園にあった小さな歴史博物館のスライドショーをときおり思い出します。

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 春節、いわゆる日本でいうところの旧正月。「正月休み」で中華系の人々が日本にたくさん旅行でやってきました。

 きょうNHKテレビで、「春節の休暇でやってくる中国の富裕層の観光客をあてこんで新宿のデパートがサービス強化」、という内容のレポートを流していました(仕事中だったので音声しか聴いてませんが)。

 これと同じ主旨の記事 サンケイビジネス

 またこの番組ではそれに続けて、「日本のウェディング会社(ワタベウェディング)が香港に新たに支店を設けて香港人カップルを相手に日本での結婚式をプロデュース」、ということも伝えていました。

 で、Yahoo香港に行き、検索したら、ありました。

 ワタベウェディング http://www.overseas-wedding.com/chi/index.html

 あとこれも http://wedding.esdlife.com/campaign/watabe/article1.asp

 日本人の一部の人々がハワイやヨーロッパで結婚式を挙げるのを好むように、香港のカップルの一部では日本で挙式するのがブームなんでしょうか。

 かつて、香港の観光シーンでは日本人が最高の上得意客でした。少ない日程でたくさんのお金を使うのが日本人の旅行パターンです。日本人は街のあちこちで、日本語で声をかけられました。それが今では中国本土の富裕層が日本人に取って代わり、香港の土産物屋やブランドショップや時計店では中国標準語がまさしく標準語となりました。

 いっぽう日本でも、先のNHKのレポートによれば、格差社会となって財布のヒモの固くなった地元の日本人庶民に代わって、中国の富裕層の来日観光客が、かつてのアジア各国での日本人観光客のように厚遇されるようになっている、ということです。

 この中で、香港人の位置がどうなっているのか、私はよくわかりませんが(だからきょうのNHKテレビのレポートで中国本土の富裕層と香港の人々をいっしょにしているのが理屈に合うのか私にはよくわかりません。このレポートを私は仕事をしながら聴き流していたので、私の取り違えかもしれません)、いずれにせよ、

 かつての一元的な「日本人=客」という時代では確実になくなったということですよね。

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 (上写真 : 尖沙咀の香港文化中心前での、香港人カップルの記念撮影風景。香港文化中心内に婚姻登記所があるため、この場所ではいつもこのような晴れやかな風景が見られます。ビクトリア湾をはさんで中環の旧スターフェリー乗り場近くのシティホールにも婚姻登記所があり、ここでも同じような風景をよくみかけます。旅行で香港の街を歩いていてこのような風景に出会うと、なんかすごく嬉しくなります。)

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 アラブ首長国連邦の実業家が、「1」というナンバープレートを 1,500,000,000円で落札したそうです。15億です。

http://www.afpbb.com/article/life-culture/life/2351845/2651457

 私はいままで、香港のナンバープレートのいわゆる「幸運車牌」の売買のその価格がスゴイと思ってましたが、アラブはその上を行ってます。

 たしか香港のナンバープレートで過去最高額が付いたのは、「  9  」です。英皇集団の楊受成が1300万香港ドルで買ったとか。アラブに比べると安いけど、でも、日本円で億ですよ、億。

 ちなみに香港では「1」というナンバープレートは、日本でいえば警察庁長官にあたる香港警務處處長の公用車に付いています。

 下の写真は、学芸員Kの 「香港 幸運車牌 写真コレクション」 から。以前サイトの方にも載せましたが、私が中環のマンダリンホテル近くで遭遇して撮影した香港のナンバープレート「  7  」です。走行中だったので必死でカメラを向けました。2006年の3月のことです。

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 この「  7  」というナンバー、ウィキペディアの「香港車輛註冊號牌」によれば、今は故人の香植球という人が、当時480万香港ドルで手に入れたものだということです(撮影当時の持ち主は不明)。いい数字なのに、480万香港ドルとはお手ごろ価格です。

 日本の私の車の幸運車牌「3288」(生意發發=商売繁盛)は、希望ナンバー申し込みで、4100円(300香港ドル)で手に入れました。お手ごろ価格です。

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 今年小学校に入学する息子用に、地球儀を買いに行きました。ちょっと気が早いとも思いましたが、ここのところ夜、ベッドで寝ながら国名で山手線ゲームを何度か息子と地理好きママと3人でやったところ、図鑑で仕入れてくるのか「セント・ヴィンセント・グレナディーン」とかやたらと私の知らない小さな国の名を息子が挙げてくるので、それじゃいまのうちに息子のその知識の定着を地球儀で図ろう、と思ったわけです。

 買いに行ったのは日本橋の、その名もズバリ「地球儀専門店」。

 http://www.globe-shop.net/

 行く前にどれを買うか候補を決めておきました。候補はリプルーグル社渡辺教具製作所の2社の地球儀です。具体的にはリプルーグルのコレと渡辺のコレ

 地球儀でもっとも有名なメーカーはアメリカのリプルーグル社です。シカゴにあるメーカーですべて一貫生産されています。各国語版を作っていて、世界の地球儀の70%のシェアを持っているとか。10年ほどまえに、私は同社で一番人気のリノックスというを手に入れたのですが、さすが古くなって国名が現状に合わなくなってしまい、いまは実家にあずけてあります。

 一方の渡辺教具製作所は、日本のトップメーカーらしく、緻密な雰囲気です。日本の工場で作られています。実物を見ましたが、さすがメイドインジャパンという感じで貼りあわせが極めて正確です。

 結局、リプルーグル社のチャレンジャーのほうに決めました。こちらのほうが川の名前なども入っていて、表記が日本の教科書に準拠しているというので。また、リプルーグル社のチャレンジャーのほうが従来からのイメージどおりの地球儀らしく子どもに親しみやすそうです(これは地理好きの妻の意見)。もし自分用なら、クールな雰囲気の緻密な渡辺のほうにしていたかもしれません。

 それにしても、地球儀では「香港」はなんとも味気ないです。

 地球儀を見ても香港のことが気になります。地球儀で「香港」はどんな具合になっているか見てみますと……。

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 文字だけです。私たちがその形に慣れ親しんでいる香港島や九龍半島は、位置を示す◎印の下にかくれてしまってます。もしかくれてなくても、4000万分の1だから識別できないほど小さいと思います。

 これがもしたとえばスペインマニアとかだったら、「こっちのリプルーグルの地球儀のスペインはオレンジ色、あ、渡辺のこっちはピンク色だな」とか国の形の正確さの優劣とかを比べたりすることができますが、香港は文字だけ。しかも「ホンコン」という表記に、なんとなく違和感が……。

 でも、あらためて感じましたが、地球儀っていいもんですね。丸い手触りが手のひらになんとも心地よいし、数少ない行ったことのある国、その他ほとんどの行ったことのない国を、くるくる回しながら巨人の目で眺めてぼんやりするのもまた一興です。

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 きのう朝7時半から放送された『獣拳戦隊ゲキレンジャー』を、6歳の息子、ママと3人で観ました。最終回です。この『ゲキレンジャー』は夏休みにやった劇場版も含めて、香港映画のパロディが随所に入っているので面白いです。

 ところで、以前私が通っていた美容院の美容師さんが映画好きの人で、私も好きですので彼とよく映画の話をしました。この美容師さんは香港映画はジャッキー・チェンや有名どころの映画なら昔観ていたとのことでしたが、彼いわく 「香港映画って、唐突にいきなり終わりませんか」。

 で、また1、2ヶ月後、再び美容院に行って、また映画談義になりましたが、また彼いわく 「香港映画って、唐突にいきなり終わりませんか」。 彼にとって、よっぽど香港映画は唐突にいきなり終わる印象があったのでしょう(笑)。

 彼の言う香港映画は、1970年代から1980年代にかけての作品のことだと思います。たしかにこのころの香港映画は、最後にいきなりバーンとストップシーンになって「劇終」の文字が出て、余韻もなくいきなりエンディング、というのがけっこうありました。観ているこちらは「エッ?終わり?」てな感じです。

 で、『獣拳戦隊ゲキレンジャー』の最終回。物語がすべて終わりメデタシメデタシ。最終回らしくいつもとは違う長いエンドロール。しかしエンドロールが流れたあとも番組は終了せずに、まだ話は続く。場所は一転して香港。画面には香港島の摩天楼の遠景。旅に出た主人公ジャンは香港の下町にいる。ジャンと香港の少年たちとの、物語の本筋とは関係ないやりとりがあってのち、ジャンが笑って唐突にシーンがストップ、ドラがジャーンと鳴り響いて大きな文字で 「劇終」! 番組はそこで終わっていきなり間髪いれずに画面にはちびまる子ちゃんの顔がアップの森永ココアのCM。1年間続いた番組は、こうして最後はアッサリと唐突に終わってしまいました。

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 私と同じく香港映画が好きな妻とこれを見て大笑いしてしまいました。また同時に私は唸ってしまいました。子ども向け番組でこんなマニアックな終わり方にしちゃっていいのか?(笑) スタッフによっぽど香港映画好きな人がいるんでしょうか。 『ゲキレンジャー』映画版では、1970年代の歴史に埋もれたような香港映画のパロディもあるというし。

 猫とか象とか、動物をかたどった着ぐるみの味方が出てくるところからして、おそらくこの『ゲキレンジャー』の主な視聴者層は小学校に上がる前の4~6歳児です。これまで1年間毎週欠かさず観てきた全国の子どもたちは、最後の最後のこの呆気ない唐突な終わり方に何のことだか事態が飲み込めないまま、「劇終」の文字の後に流れたちびまる子ちゃんの森永ココアのCMを見つめながら頭の中は 「?」 だったかもしれません。

 『ゲキレンジャー』では役名もパロディのオンパレード。サメの着ぐるみの「シャッキー・チェン」とか象の「エレハン・キンポー」、ペンギンの「ミシェール・ペング」(おそらく皇帝ペンギンの「皇帝=キング」で、ミシェール・キング!)、ゴリラの「ゴリー・イェン」、はたまた「ピョン・ピョウ」などなど。で、「シャッキー・チェン」の声は石丸博也!

 テレビ朝日の一連の戦隊シリーズはたしか2年遅れくらいで香港でも放映されているようです。この『獣拳戦隊ゲキレンジャー』を香港の子どもたちがいったいどう受けとめるのか、ちょっと興味があります。

 【参考】
 『獣拳戦隊ゲキレンジャー』公式サイト
 http://www.tv-asahi.co.jp/geki/(テレビ朝日)
 http://www.toei.co.jp/tv/gekiranger/(東映)

 『獣拳戦隊ゲキレンジャー』 ウィキペデイア
 『獸拳戰隊激氣連者』 ウィキペディア香港

 ちなみに来週から 『炎神戦隊ゴーオンジャー』 http://www.tv-asahi.co.jp/go-on/というのが始まります。

 ところで話は変わりますが、きのう地元の区民会館で「子ども映画祭」というのがあって、ディズニーの『レミーのおいしいレストラン』を家族で観に行きました。無料ということもあり1200席の会場はほぼ満席。映画の上映中、お父さんお母さんと子どもの笑い声が何度も会場を満たしました。やっぱり大きな場所で大人数で映画を観るのはいいものですね。

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 恭喜發財! うーん、うらやましい、香港では2回もお正月で盛り上がれて。

 中国のWang Gangさんという方から、メールをいただきました。

 彼は、中環の雲咸街(ウィンダムストリート)の歴史を調査しているとのことです。
 
 参考:ここが香港・雲咸街あたり(by Google 航空写真地図)

 彼がネットでこの雲咸街のことを検索していたら、私のサイト「香港なんでもケンショウ堂」にある1986年撮影の雲咸街の「娯楽戲院」の写真を見つけたそうです。

 このページの写真です。
 http://homepage2.nifty.com/hongkong/cinema-kg.html

 Wangさんは現在刊行を準備している本があるそうです。その本のために雲咸街の写真を収集していて、すでに50枚以上集めたのだそう。現在のところ、1846年から1960年代のものが手に入っているが、1980年代のものはないとのこと。

 そこで、1986年撮影の「娯楽戲院」の写真を引用元明記で使わせてもらえないか、とのことでした。私は、お役に立つならと快く承知いたしました。

 今年の夏に香港で、この彼の調査の集大成として本が刊行されるとのことです。私の写真は果たして掲載されるのか? 載ったら嬉しいです。

 昨年の 『憶記戲院記憶』 に続き、香港や中国のコアな方々から様々なコンタクトをいただいているので、ちょっと驚いています。トラムファンの香港人の方からもいろいろと情報や写真をいただいています。

 で、メールでWangさんの依頼にOKしましたら、後日、彼からこんな写真がありますよと画像が届きました。
 コレ。(写真A)

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 【写真A 雲咸街 1910年代撮影】(courtesy of Mr.Wang Gang)

 これは1910年代の雲咸街だそうです。
 この写真は、かつて私が1986年と2006年に撮った写真(写真B、C)と、ほぼ同じ位置から撮影されたもののようです。見比べてください。

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 【写真B 雲咸街 1986年3月 学芸員K、はじめての香港で何の気なしに撮影】

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 【写真C 雲咸街 2006年3月 学芸員K、20年後の様子を同じ位置に立って撮影】

 写真Cでは、交差点の道路が改造されて自動車が右折できないように歩道が左に(写真では右へ)カーブして延びていて景観が異なるため、撮影位置が違って見えるかもしれませんが、上の写真Bと同じ位置に立っての撮影です。

 で、Wangさんに「この古い写真をブログでみなさんに紹介してもいいですか?」とたずねたら、いいですよの返信とともに、さらにこんな写真が届きました。雲咸街をクローズアップしたものです。トリミングされたものかどうかは聞いてませんが、写真Aとは別の写真です。写真Aの真ん中あたりを拡大したような感じになってます。

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  【写真D 雲咸街クローズアップ 1910年代撮影】(courtesy of Mr.Wang Gang)

 Wangさんがメールで 「ほら、ここに...」 と言うので注意深く見てみると......。

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 おっ、「BIJOU THEATRE」 という看板が!

 看板の付いている建物の位置は娯楽戲院とほぼ同じ場所。Wangさんによれば娯楽戲院は正式な映画館としては香港でもっとも古い劇場だそうです。その歴史は1907年までさかのぼることができるとか。ということは1910年ころ撮影のこの写真の 「BIJOU THEATRE」 が娯楽戲院の前身の映画館ということか?

 久しぶりに私も香港のいまはなき映画館のことを調べてみたくなりました。Wangさんの本では娯楽戲院の歴史も解説されるそうです。

 ところで、最初の写真Aを見てください。写真の下に「Flower Street」という文字が入ってます。これは当時の通称でしょうか。通りにはたくさんの花があります。路上売りの花屋さんと思われます。香港で花屋さんの通りといえば、今なら旺角の北、MTR太子駅の東にある花墟道(Flower Market Rd.)や太子道あたりを思い出すのですが、1910年代は雲咸街が路上の花屋さんであふれる通りだったんですね。

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 以前書きました映画『ブレードランナー』(BLADE RUNNER)のブルーレイディスク5枚組セットがアメリカから届きました。

 日本版はDVDでしか発売されていません。ブルーレイがほしかったので、ネットでアメリカ本国版を注文した次第です。

 この商品は限定版で、日本版は限定1万セットです。しかし私の本国版のケースの外に貼られたシリアルナンバーのシールを見たら、「096845/103000」ってなってました。アメリカ本国版は「限定10万3000セット」。10万も作ってしまったのか。これじゃ限定版とは言えません(笑)。

 『ブレードランナー』はショウブラザースのランラン・ショウの出資により製作されました。作品の冒頭の映画会社のロゴタイトルにも、「release in association with SIR RUN RUN SHAW」とクレジットされています。ちなみにこの映画の香港や台湾での中文タイトルは『銀翼殺手』というらしいです。

 前にも書きましたが私にとってこの映画のイメージや音楽は、香港とは切っても切れないものになっています。この映画の冒頭に「LOS ANGELES NOVEMBER,2019」という文字が黒バックに流れて、ドドーンと音楽とともに近未来のロサンゼルスが画面に現れるのですが、そこを「HONG KONG JULY,2019」と頭の中で置き換えてサントラ音楽を聴きながら、スターフェリーから香港島の摩天楼を見上げて自分で鳥肌立たせたりしています。

 せっかくブルーレイディスクを手に入れましたが、肝心のプレーヤーを持っていません。テレビも地デジ完全移行までのつなぎで買った2万1000円のブラウン管テレビしか家にはないのです。

 晴れて高画質大画面で観ることのできる日はいつか?

 参考:ウィキペディア「ブレードランナー」

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 夕べのNHK BS2の 『香港映画のすべて』(再放送)は観ましたか? 私は予約録画しておきました。時間ができたときにゆっくり観るつもりです。

 きょう仕事を休み家の中を整理していたら、押入れの中からこんなものが出てきました(写真)。なんだかわかりますか? タイトルにもあるとおり、中国に返還される前の「英領香港の空気」の入った缶詰です。だから缶の中には何にも入っていません。空気だけ。単に、「返還前に缶を封印しただけ」というシロモノです。

 1996年か1997年に、ピークギャレリアにあったDFSの大きなお土産屋さんで買いました。缶をひっくり返して裏を見たら底にDFSのシールが貼ってあり「55香港ドル」となってます。当時で800円くらいか? いま振り返ると、なんでこんなもの買ったのかなとも思いますが、何度香港に行ってもやっぱりキブンは毎度「海外旅行」ですし、特にこのころは返還前のハイな気持ちのときだったし、おそらく勢いで買ったんだと思います。

 「英領香港の空気」というのだから、香港島か九龍、あるいは少なくとも新界のどこかの缶工場(?)の空気ということです。……と、私は信じているのですが、もし深センの工場とかだったりしたら、まったく無意味なものになってしまいます(笑)。

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 スマートグローブの学研トイズが、3月に解散だそうです。

 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080118-00000003-scn-cn

 ちょっとだけ驚きました。けっきょく、もともと学研本社の玩具部門が学研トイズとして独立していたものが、また学研の一部門に戻るということなのかもしれません。会社設立自体もおととしということですから、しばらくしたら別の会社で再出発するのかも。

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 この前のクリスマスでサンタは息子にニンテンドーDSをもってきましたが、それとは別に妻の実家から贈ってもらうプレゼントの候補がありました。

 それが写真の「スマートグローブ」(学研トイズ)です。
 ひとことで言えば「しゃべる地球儀」です。

 アマゾン

 クリスマス前、12月初旬にトイザらスに行ったら、この「スマートグローブ」がいい場所に展示してありました。店頭価格はたしか1万9800円くらいだったか。地理好きの妻がいたくこの地球儀を気に入り、妻の実家から孫へのクリスマスプレゼントとしてお願いしたのですが、なんか、けっこう人気があったようで、品薄なのか手に入れてもらうことができませんでした。

 もともとこの地球儀は、香港のメーカーが開発したとのこと。学研はその日本語版の製造と販売の権利を手に入れて、中国で製造したらしいです。

 で、驚きのきのうの記事。

 「学研地球儀、中国圧力に屈す…台湾を「台湾島」表記」
 http://www.zakzak.co.jp/top/2008_01/t2008010901_all.html

 しゃべる地球儀ですから、文字表記だけではありません。「台湾島」にタッチペンで触れると、「中華人民共和国」「首都は北京」という音声ガイドが流れるらしいです。この地球儀は国歌も流れるので、おそらく「義勇軍進行曲」が流れるようになっていると思います。

 そんな事情を知らなった12月初旬、トイザらスでこの地球儀をいじったとき、もしこれらの音声が流れたら、こりゃまたすごいジョークの不良品だ!とぶったまげていたことでしょう。

 そしてきょうの続報。

 「学研トイ:地球儀に「台湾の首都は北京」、返品応じる」
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080110-00000031-scn-cn

 この地球儀にそんなことが潜んでいたのか。スマートじゃないなあ。今後の販売は中止、そしてすでに売られたものも希望者からは回収される模様です。

 ヤフオクでは、きょうの朝までは入札ゼロだったのに、いきなりプレミア価格での入札になっているのには苦笑しました。はたしてレア物になるか? 機を見て敏なるヤフオクです。

 ヤフオク「スマートグローブ」

 中国の今回の行動は、それが正しいことかどうかはともかく、一国の行動としては当然のことだと私は個人的には思います。国家としてもっとも重大な案件のひとつが領土問題です。自国内の企業が、他国の企業から請け負った輸出用の製造物とはいえ、それが端的に表れる地図(地球儀)について、中国は国として明確な態度を取っただけ。結局、中国の要求を受け入れて販売してしまった日本の学研が、軽率だったと思います。でも、同じ立場にいたら、私も同じ判断をしてしまったかもしれません。多分タイミングが悪すぎたんだと思います。

 中国から学研への要求があったときは、すでにこの地球儀には多数の受注があった後だったらしいです。受注をキャンセルするよりは中国の要求を受け入れたほうがマシという判断だったのか。もちろん利益も考えたのでしょうけど、結局大きく裏目に出てしまいました。これほどの騒ぎになるとは考えなかったのかもしれません。

 また、この「台湾島」のほか、日本にとって直接関係ある樺太が、この地球儀ではロシア領土として色が塗られているらしく、そっちのほうも、かなり大胆だなと思います。

 学研トイズは「不適切な表記があった」として、このスマートグローブの返品を現金と引き換えで応じるとのことですが、これはこれで儀礼的である意味過剰な対応であることを学研トイズ側も十分自覚したうえでの行動のようにも思えます。やはり学習教材の「学習研究社」だからこその対応ということなんでしょうか。

 参考:http://www.gakkentoys.co.jp/

 でも、実際のところ、購入者のうちで「台湾島」や「ロシア色の樺太」に憤慨して返品する人はあまりいないのではないかと思います。おそらく返品があったとしても、その返品の理由の本音は、飽きちゃったからとか、たいして面白くなかったから、とかそんな理由からではないでしょうか。

 私なら製品に添付されていた 「お客様へ」 の紙片に書かれてある文章(前掲記事 中ほど 左写真)を読んで、「そうか、そんな事情ならこれはまあ仕方ないな」とちょっと気持ち悪いけど納得して、子どもには隣国のお国の事情を教えておいて、まったく問題ナシとしてそのまま使うと思います。逆にこの部分が、「国」というものや歴史を子どもに考えさせるホットな教材にもなるかもしれないし。

 この「スマートグローブ」が、今回の受難を乗り越えて、該当箇所をクリアしていつかまた店頭に並んでほしいです。中国ではもう日本向けのものは生産できないと思うので、別の国で生産されることに期待します。復活したら、そのときはあらためて妻の実家の義父母に、今度は孫の誕生日プレゼントとしてお願いしてみます。

 ただ、この商品、今回の問題とは別に、けっこう壊れやすいという不評もあがっていました。たしかに最初にトイザらスで展示品をいじったとき、値段の割りにチャチな感じがしました。新しいバージョンが作られるなら、その点を改良してほしいです。

 今回は香港からはなれた話題でしたが、製品を開発したのが香港のメーカーだったということで……。

 関連記事検索結果

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                         (写真:http://sozai-free.com/sozai/00662.html


 こういう記事を見つけました。

 「全日空、羽田-香港間で定期便」(読売新聞)
 http://www.yomiuri.co.jp:80/atmoney/news/20080106i202.htm?from=navr

 チャーター便となってますが、これは申請上というか、便宜的なものですよね……?
 
 おっ、と思ったのは、その発着時間です。

 「羽田を夜9時に出て、香港には未明に到着。」

 記事では香港着未明となってますが、夜9時に羽田を出れば、現地時間で翌日午前1時ころには香港に到着することになります。入国後は空港で仮眠するなり時間をつぶして、明け方市街地入り→ホテルに荷物を預けて、市内散策→午後にホテルに戻りチェックイン。

 現地での時間を朝イチからフルに使えそうですが、どうでしょうか? 1泊目は機中&空港となるけれども、初日からフルに使えます。半日以上余分に香港で過ごせますよ! 体力的にはキツイけど。

 以前、中華航空を使って羽田から台北に行ったとき、思いました。「そうか、成田は不便だけれども、成田から海外に行くほうが空港の雰囲気も仰々しくてイベント性があって『海外に行くゾ!』という気分が味わえるなあ」、と。やはり成田はドラマチックです。

 しかしこの全日空の「羽田-香港」の便の発着時刻の魅力は大きいです。いったん飛び立てば、飛び立った空港が成田であろうが羽田であろうが、過去のものです。気持ちはもう香港に行ってます。

 ところで、きょういっしょにお風呂に入って、6歳の息子に聞いたところ、
 以下のことが判明してすこし落ち込みました。
 息子の頭の中の意識ではこういう図式となっているそうです。

 ママ > ニンテンドーDS > パパ(私)

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 ちょっと前になりますが、銅鑼湾の歩道橋の階段にて撮影。オリンピックの開催年とその都市が書かれています。

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 階段を上っていくと、当然ながら予想どおり最上段には 「2008年北京」。これを見たとき、「ああ、やはり香港は中国に戻ったんだなあ」などと、すでに返還から10年も経っているのに思ってしまう私なのでした。街のあちこちでふと何かに触れるたび、いまだに英領香港時代をなつかしんでしまう、未練がましい学芸員Kです。

 しかしそんな観光客の感傷的な想いとは逆に、香港がイギリスの植民地だったころから、香港の人々はオリンピックで中華人民共和国の選手を応援していました。

 実際、返還の前年のアトランタオリンピックで中国本土の選手が何かの種目で金メダルを獲ったそのあくる日、カナダ移住→パスポート取得→Uターンという典型的な香港アッパーミドルの知人に昼食で会ったとき、彼がその金メダルをすごく喜んでいたのを私は記憶しています。共産党独裁国家を忌避するその一方で同胞の選手の勝利をたたえる香港人の態度は、考えれば当たり前のことなのでした。

 ということで、あけましておめでとうございます。いよいよその北京オリンピックの2008年がやってまいりました。

 返還後も本土とは別に独自参加している香港に、私は北京オリンピックでも日本選手に対してと同じくらいの応援をしたいと思います。

 一方、開催国特典で巨大選手団を送り込む中国には、北京五輪開催を同じアジア人として私は祝福しつつも、中国選手が良くも悪くも最大のライバルとなるでしょうから、日本と戦う試合や競技ではテレビの前で彼らにブーイングいたします(笑)。

 ことしはサイト「香港なんでもケンショウ堂」の更新を昨年よりもやる予定ですので、ときどき覗いてみてください。本年もよろしくお願いいたします。

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 きのうの記事に対するKatoさんのコメントを受けて、「美食王國 九州」のトラムの写真を細かく見ていたら、左のドアのところに 「YOKOSO! JAPAN」 の文字を発見。

 このことから「美食王國 九州」の広告主は、おそらく日本の国土交通省ではないかと思われます。

 「YOKOSO! JAPAN」
 http://www.visitjapan.jp/

 以前から私はこの「YOKOSO! JAPAN」のサイトを「香港なんでもケンショウ堂」の「こんなサイト見つけた」に載せていました。香港とは関係ないけど、内容が面白いと思ったので番外偏として載せていたのです。

 私や、このブログを見ていただいている方は、香港政府観光局による香港観光誘致のPR活動に触れることが多いと思いますが、日本が日本への観光誘致として海外に向けてどのようなPRをしているのかは、当然ながら知る機会があまりありません。しかし、このサイトでその一端を多少は知ることができます。

 今回あらためて事務局のほうのサイトを見てみたら、香港での「YOKOSO! JAPAN」のPR活動の状況などが載ってるページを見つけました。

 「YOKOSO! JAPAN 事務局 香港市場ニュースファイル」
 http://www.vjc.jp/j/news/archive_hk.html

 で、下はYouTubeにあった、「YOKOSO! JAPAN」のテレビCM。小泉さんのは日本のテレビでもCMで日本語バージョンがたまに流れていたけど、安倍さんのもあったんですね。

 以前は「YOKOSO! JAPAN」の公式サイトで小泉さんバージョンのCM(日本語版/英語版)の映像を見ることができましたが、今は映像を置いてないようです。福田さんバージョンはまだないのかな?

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 さっきテレビの「王様のブランチ」の映画紹介コーナーを見ていて、きょうから公開されるアメリカ映画『ベオウルフ』が、実写ではなくてフルCG映画だということを知り、驚きました。

 いままでで繰り返し見ていたこの映画のスポットCMのアンジェリーナ・ジョリーが、顔まで全部CGだったとは思いもよらなかったです。

 で、すぐに思いついたのが、ブルース・リーの「新作」は近い将来実現するかな、です。

 もうかなり前、CGが映画にちらほら使われだした頃だったか、あるいはエポックメイキングとなった『ジュラシックパーク』の頃だったか忘れましたが、ある映画雑誌で「このままCGの技術が進むと、映画でマリリン・モンローやブルース・リーなど今は亡きスターが復活する日も遠くない」というようなことが書かれていました。

 わたしはこれを読んで、「いくらなんでもCGはぎこちないから人間が主役のCG映画は当分は無理だろう、その日は遠いよ」と思いました。「当分」、というのはだいたいイメージとしては20年とか30年とかそういう感じです。この世界の技術の速度は速いにしても、いくらなんでも、CGの人間の動きを、我らが人間自らの眼でみて自然に見えるには、当時のレベルを見る限りでは相当ハードルが高いと思ったのでした。

 その後、アニメ系というか漫画チックなCG映画は『トイストーリー』などたくさん出ましたが、実写風の描写を狙ったフルCG映画は、その興行的大失敗で話題になったスクゥエア製作の『ファイナルファンタジー』を見ても、たしかに技術はすごいが人形劇みたいなぎこちなさを感じ、まだまだだなと思いました。

 ところがこの『ベオウルフ』です。

 私は自分の認識が甘かったな、と思いました。

 なんか、ブルース・リーが「新作映画」に主演する日がそう遠くないんじゃないかと、この映画の映像を見て思いました。

 故人となっている映画スターのなかで、現在もっとも世界で人気のあるのは、おそらくブルース・リーだと思います。

 彼には香港の主演3作品(『死亡遊戯』を含めば4作。初期の子役や若いころの作品は除く)と、それに続き製作されたアメリカの大メジャー、ワーナーブラザースの冠がついた『燃えよドラゴン』という大ヒット作があります。『燃えよドラゴン』は世界の多くの人々に影響を与えた歴史に残る映画です。この映画で彼は世界的なビッグスターになりました。しかし、逆に言えばこの映画は彼が世界的な大スターになる前に作られたわけで、作品の規模としては、どちらかといえば低予算映画の部類に入ります。彼の死は早すぎました。せめてこの映画のヒットのあと、彼の命が続き次の映画が作られたならば、それには相当な予算とスタッフが投入され大作映画が実現したと思います。

 CGで復活するというのは、結局、実体はないわけですから、空虚な感じがありますし、ブルース・リーのファンの中には、異論もあると思いますが、生前果たしえなかった超大作の大スケールの物語やシーンを堪能できる「ブルース・リー新作映画」を、私はちょっとフルCGで見てみたい気もします。

 また、たとえば、10年少し前くらいか、ブルース・リーの伝記映画 『ドラゴン ブルース・リー物語』という作品あって、これはジェイソン・スコット・リーという俳優が演じていますが、CGの技術が進めば、フルCGで伝記映画をリアルに作るのもアリだなとも思います。

 『ベオウルフ』 日本語公式サイト

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 以前、このブログで福田首相と李嘉誠が似ていると書きました。

 「似てるな」と思う有名人の名前をふたつ並べてGoogleなどで検索してみると面白いです。

 ためしに、あなたが普段ひそかに似てるなと思っている有名人どうしを並べて検索してみてください。

 けっこうな率で「似てる」という記事が書かれたブログなどがヒットします。同じようなことを思っている人がいるんだなとわかります。

 似てる、と以前からよく言われているところではチョウ・ユンファと劇団ひとり、というのがあります。「チョウ・ユンファ 劇団ひとり」で検索するとけっこうな数がヒットします。チョウ・ユンファの名前をきちんと漢字で「周潤發」にして「周潤發 劇団ひとり」で検索すると、チョウ・ユンファ側に立つ人やファンの意見が見られるのでなるほどと思いました。

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            このDVDパッケージの中の顔の場合、上の右よりも
            左の写真のほうが近い感じもします。

 まあそれでも似てるといえば似てるかな、くらいな感じですよね。

 で、これ以外に私が感じる、顔や雰囲気が似てるかなと思う香港と日本の有名人を少し挙げてみます。名前がわからなかったり役のほうがわかりやすい場合は名前ではなく役柄にしました。

●ニコラス・ツェー(謝霆鋒) と 武田真治
●ジェイシー・チェン(房祖名) と 松岡修造
●「ドラゴン怒りの鉄拳」の通訳役/「ドラゴンへの道」のオカマ役の人 と 楳図かずお
●ブルース・リーの映画でいつも仲間役で出る太った人 と ドランクドラゴンの塚地
●ハン・インチェ(「ドラゴン危機一発」の敵ボス役など) と 三木のり平
●ウー・マ(午馬) と 小沢昭一
●アレックス・マン(萬梓良) と 石橋凌
●若いころのマイケル・ホイ(許冠文) と キャイーンの天野ひろゆき
●レイモンド・ウォン(黄百鳴) と 下条アトム
●アニタ・ムイ(梅艷芳) と 夏木マリ
●チン・シウホウ(錢小豪) と 豊原功補
●「ドラゴン怒りの鉄拳」の日本人道場で
  ブルース・リーに「東亞病夫」の紙を食べさせられるひと と 木梨憲武

 思い出せるだけ書きました。これらも、そういやちょっと似てるかなくらいか、あるいは似てるというよりも、片方を見るともう片方を思い出すという程度か。顔というより雰囲気が似ていると思う人もいます。

 ほかにもたくさんあったはずですが思い出せません。ウォン・チーワーと日本の誰かに似ているというのもありましたが、思い出せません。また私の場合、女優はあまり似てると思う人がいません。

 ここに挙げた名前を並べて検索してみると、ヒットするのもあるし、まったくヒットしないのもあります。人によって見え方感じ方が違うのだと実感。

 そのほか、よく言われていたところでは
●サモ・ハン・キンポー(洪金寶) と ウガンダ・トラ
 は有名ですが、私は最近
●サモ・ハン・キンポー と 協栄ジムの金平オーナー
 が似てると思えてしまいます。

 あと、よく言われていたのが
●サミュエル・ホイ(許 冠傑) と 伊丹幸男
 です。それで思い出しましたが
●リッキー・ホイ(許冠英) と はしだのりひこ
 が似てるってのも昔言われてました。

 ジャッキー・チェンと内村光良、ユン・ピョウと柴田恭兵は定番ですが、でも、そう言われた当時からは年月がたってそれぞれ風貌が変わったのでもう似てないと思います。

 で、調べているうちに、こういうのを見つけました。

中華著名影星、日本のこの人に似てる
中華著名影星、日本のこの人に似てる2

 私はここのフィリップ・チャン=藤巻潤に笑いました。

 ところで劇団ひとり氏ですが、私は、チョウ・ユンファよりも、中国本土の上海雑技団とかに似た人がいそうな気がします。特定の誰にというのではなくてあくまでイメージです。斜め上を見て指をさしているポスターに似合いそうな気もします。

 追記:思い出しました。ウォン・チーワーに似ていると思うのは内藤剛志でした。で、「内藤剛志 黄子華」でGoogle検索したらヒットしました。見てみたらmonicalさんのHongKongAddictBlogの、ゲストの方のコメントでした。

 追記:カレン・モク(莫文蔚)とナインティナインの岡村隆史も似ているんじゃないかなと思う、ということを思い出しました。

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 おととい書いた、香港の映画の「上映許可証」の話題で思い出したこと。

 香港が中国に返還される少し前のことです。

 佐敦だったか尖沙咀の地下鉄駅の改札口近くで、待ち合わせで知人が来るのを待っていたときのことです。

 ヒマだったので、私は、壁に貼ってあった地下鉄利用の規則を細かく書いた紙を見ていました。いわゆるポスターなんかではなく、オフィシャルな文書です。生命保険の規約みたいに、けっこう細かい字で書かれてありました。

 中文と英文の併記でした。中文がサッパリな私は、得意でもないがそれでもまだマシなほうの英文を読み進めました。「車内での飲食は罰金何ドル」などの禁止事項やそのほか、かなり細かいことがびっしりと書かれていました。

 最後の一文が印象的でした。英語で再現できないのが情けないですが、読んだ記憶では、こうです。


   「この規則書において、英語と中国語で齟齬があった場合は、
    英語で書かれてあることを優先する」


 たしかこんなことが、書いてありました。これを見たとき、「ああ、やっぱり香港はイギリスの植民地なんだな」と思いました。

 この規則書、英語で作ってからそれを中国語に訳したということ? 英語と中国語に食い違いがあったら英語に従えということか。とにかく英語ベースということです。こういうオフィシャルな文書においては英語が中国語の上に立つということを、庶民の足である地下鉄の、その規則書の中の最後の一文で思い知らされました。

 これと、時期的には同じころだったと思うのですが、1996年のアトランタオリンピックのとき、私はたまたま香港に行っていました。

 で、このオリンピックで香港の選手が史上初の金メダルを獲ったので、テレビを見ていた私は、表彰台でどんな音楽が流れるのかと思ったら、当たり前のようにイギリス国歌「God Save the Queen」が流れたので、「そうだよな、やっぱりイギリス領だもんなあ」と、そのとき拍子抜けしながら今更ながらに納得させられたのを覚えています。

 何というか、せっかく金メダルを取ったのに、宗主国の国歌なのかよ、ちょっと悲しいな、と思ったのです。

 ただ、本音を言えば、現在の香港で中国国歌「義勇軍進行曲」が流れるのも、実はあんまり好みではありません。正直言うと、永遠の香港観光旅行客・学芸員Kの勝手で無責任な感想としては、香港の街にユニオンジャックの旗がはためいていた植民地時代のあの雰囲気は、極めて捨てがたい大きな魅力でした。これに同意してもらえる人は多いと思います。

 で、話は脱線しますが、私は世界の国歌を集めたCDをたまに聴きます。中国の国歌はかなり好きです。ほかにロシア、ドイツ、イギリス、フランスなど大国の定番どころの国歌が気に入っているのですが、しかしいちばん好きなのはイスラエル国歌です。その曲の旋律に、どこかイスラエルの歴史と国家の背景を感じてしまいます。

 ウィキペディア 「イスラエル国歌」
 (ページの下に音楽が聴けるリンクが張ってあります)

 追記:ところで、地下鉄の規則書、香港のことですから今でもバイリンガルなのかなとは思いますが、まさか英語が優先ってことはないですよね? 返還後、確認したことがないのでそこのところ不明なのです。ご存じのかたは教えてください。

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 アメリカ映画 『バットマン』 の最新作 『The Dark Night』 の香港ロケで、香港の街が大騒ぎのようですね。(上の2点は、ロケで騒然としている香港の街の様子を伝える、新雑誌「双週快報」のイラスト。 ウソ。1960年代前半の香港の貸本漫画の表紙)

 YouTubeでの「バットマン香港ロケ」関連映像
 http://hk.youtube.com/watch?v=9KR_niTnzmI

 http://hk.youtube.com/watch?v=KFwdVe_B3OQ

 映像を探しきれていません。よければ上記リンク先の、ページ右の映像リストから探してみてください。

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 monicalさんがブログ「HongKongAddictBlog」で紹介されていますが、香港の所轄のお役所が全面協力しているこのアメリカ映画の大掛かりなロケの光景を見て、ジョニー・トー監督が
 「不公平だ!」
 と言ったそうです。

 もし、私が香港旅行中にこのロケに遭遇したら、すべての行動予定を変更して、最後までロケを見届けてこのブログで報告したと思います(笑)。

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 きのう仕事で横浜の、たまプラーザ駅近くに住む人に会いに行きました。たまプラーザは東急田園都市線の住宅地です。いわゆる郊外のかつての「新興住宅地」というのでしょうか。ここはたしかTBSドラマ『金曜日の妻たちへ』の舞台として話題になったところです。

 ここに来るのは20年ぶり。駅を降りて、時間に余裕があったのであたりを見たら、なにか香港の郊外の駅前に来たような錯覚を覚えました。香港禁断症状か?

 あるいは郊外の一歩手前の、MTR樂富駅の周辺のような。

 日本の首都圏の郊外駅周辺と、香港の郊外駅周辺の大きな違いは、日本が一戸建ての住宅で成り立っているのに対して、香港はやはりマンションで構成されていることです。

 前から不思議なのですが、どうして香港はマンションが好まれるのでしょうか。上に挙げた樂富駅周辺は郊外ではないからわかりますが、新界に行けば、土地だって多少はあります。いくつか一戸建てやテラスハウスの開発住宅地があるようですが、それでも、マンションがメインです。土地も東京より高いでしょうが、香港島や九龍市街地に数億円のマンションを買えるようなお金持ちの中に、郊外に一戸建てを求める人がもう少しいてもいいはず、と日本人の感覚だと思います。マンションの快適性はわかるのですが。

 駅周辺は当然、2階建ての一戸建てを10軒建てるより50階建てのマンションを一軒建てるほうが理にかなっているでしょうが、車で行く離れたところに、もっと一戸建てがあってもよさそうなものです。そもそも香港人の嗜好が我々とは違うんでしょうけど。大昔からのいくつかの集落は例外として、一戸建てをほとんど見かけません。香港人の住宅に関する感覚を知りたいです。

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 先日書いた記事のことでショウブラザースの邵逸夫氏の画像を検索していたら、香港中文大学のページがヒットしました。  そのページには、長江実業グループを率いる香港の大富豪、あの李嘉誠先生が載っているんですが、よく見たら、李嘉誠って、福田康夫首相とちょっと似てるんじゃ......? いや、ちょっとだけ、ですよ。  ご両人の画像をそれぞれ検索して探しました。並べてみます。  まず、コレ。 

hikaku1.jpg

  「顔年齢」の雰囲気を合わせて、コレ。 右の李嘉誠先生の写真、これが中文大学のサイトに載っていたものです。 

hikaku6.jpg 

 以下、似た雰囲気どうしで。 hikaku2-1.jpg hikaku3.jpg  

 文字入りどうし。

hikaku4.jpg 

 あと、これ。

hikaku5.jpg  

 こいつは世紀の一大発見だ、と私は興奮したのですが、試しにGoogleで「福田康夫 李嘉誠」で検索してみたら、ヒットしてしまいました。

http://d.hatena.ne.jp/kaikaji/20070929  http://hi.baidu.com/carfieldhotel/blog/item/424c04237a93bf519922ed34.html  http://hi.baidu.com/without_t/blog/item/e789bcfa083fcbddb58f3175.html  http://blog.nicelife.jp/archives/2007/09/post_533.html

 日本では、さすがに李嘉誠氏のお顔はそれほどは知られていないので話題にはなりにくいのかもしれないけど、中国や香港では、隣国の首相の顔が、みんなが知っている大実業家の顔に似ているので、話題になっているようです。  なあんだ。大発見だと思ったのに。

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 これは、少し前から地下鉄や私鉄の駅構内などにたくさん張られている日本テレビのドラマ 『有閑倶楽部』の番組宣伝の大きなポスターです。きのう、東急線の駅で撮影。

 最初に見たのは地下鉄の表参道駅だったと思うのですが、私はこの『有閑倶楽部』のポスターを街で見かけるたび、何か香港にトリップしたような気になります。

 香港に旅行で行って、私にとって異国である香港の地下鉄駅構内で香港映画のポスターなどを見たときに感じるものを、この『有閑倶楽部』ポスターの雰囲気に感じてしまうのです。

 このポスターが香港の街で見かける香港のテレビドラマや香港映画のポスターっぽいか? といえば、そうであるかもしれないし、そうでないかもしれないです。しかし、私はこのポスターを見るとなにかヘンな感覚におちいるのです。

 あるいは言い換えれば「日本に来た外国人旅行者」の眼で見るような錯覚を覚えるというような。

 もちろん、「有閑倶楽部」というオール漢字のタイトルとロゴデザインがその雰囲気を手助けしているのかもしれませんが、私の感覚からすると、別にカタカナの題名でも同じです。実際、漢字のタイトルであることは、あとで気が付いたくらいですから。むしろ私が感じるのは、そのタイトルの周りでカメラ目線で見栄をきる赤西仁ほか出演者の表情や姿、人物の配置、全体がかもし出す雰囲気が、「それっぽい」のです。

 拡大して言えば、「香港」を「台北」や「ソウル」などに置き換えてもいいのですが、私の場合は香港がいちばん親しい異国の街なので、「香港にいるような錯覚を覚える=香港っぽい」、というわけです。とにかくこのポスターに街で遭遇するたび、私は「日本に来た外国人旅行者」の眼で見てしまうのです。

 ブログの小さな画像だと雰囲気が伝わらないと思いますが、もし現物の大きなポスターを見かけることがあったら、ちょっと見てみてください。

 うーん、ここまで書いて、まだうまく言えてないのですが、こういうポスターに限らず、こんな感覚におちいること、日本にいてありませんか?

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 前回の記事、『香港国際警察』VHSビデオパッケージ写真修正疑惑(?)。そのネタの続きです。

 Katoさんが、このネタにからめて同映画のパンフレットを確認してくださいました。で、これが『香港国際警察』のパンフレットの表紙。

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 この表紙にある、白バイにまたがるジャッキー。このイラストは、ビデオパッケージと同じ写真を元にして描かれています。要はあの写真は映画の宣伝素材のスチル写真だと思います。

 でも、このイラスト……。

 こりゃどう見てもアメリカの警察の白バイです(笑)。それにこのバイク自体が、写真ではホンダやヤマハなどの日本製バイクと思われるものが、いつの間にかイラストではアメリカのハーレーダビッドソン(?)に変身しています。

 そして、細部を見てみると……。

 ハリウッドのセクシーNo.1男優「バート・レイノルズ」が蝶ネクタイしてカジノにでもいるみたいな白人や、『死亡遊戯』の「ハキム」みたいな衣装を着た謎の男、そして「ブルース・リー」風の宙を舞うキックの人物、太ももを見せて挑発する「ミニスカ婦人警官」、なんだかわかんないけどヒッピー風のお兄チャン、ジャンプするオートバイ、居並ぶアメ車のパトカー軍団、そして飛び交うヘリコプター!! あのう……ぜんぶ、映画には出てこないんですけど(笑)。もう豪華絢爛っす!

 映画のポスターとかパンフレットとか広告とかは、そもそもこういう大げさなもんでしょうけど、でも、そのなかでも特に独立系配給会社の 東宝東和 のポスターとかパンフレットとか宣伝コピーは、当時は際だって大げさだったし、今思えばある意味相当「怪しかった」です。

 たとえば、ブルース・リーの未完の遺作、東宝東和配給の映画 『死亡遊戯』 のチラシには、「ブルース・リーの生前に、この映画の80%を撮り終えていて」というような感じの主旨の文言があります。しかし、実際にはどうかというと、本編の最後のほうで、わずかに全体の上映時間の10%くらい、『死亡遊戯』のために撮られたシーンが出てくるだけ。これはもう、ある意味完全に不当表示です。これが食品の表示だったらとんでもないことになります。

 オチなし小ネタでした。

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 ついこの前、記事でも書きました、ヤフオクで落とした『香港国際警察』のVHSビデオ。このパッケージ、ちょっと眺めていたら、あることに気づきました。この写真ちょっとヘンです。
policestory-pckage2.jpg
 このパッケージ使われている写真、少しおかしいところはありませんか?
 なに、すごく小さなことなのですが。

 気づきませんか? じゃあ、ヒントはジャッキーの乗っているバイク。

 気づきませんか? では、次のヒント。バイクのタイヤです。

 気づきませんか?
 では、下の写真で見比べてください。

policestory-package-re.jpg
  ↑これがもとのパッケージ。         ↑こちらが私が修正してみたもの。

 答え。
 このパッケージの白バイのタイヤ、やけに長いのでした。

 多分、パッケージのレイアウトのバランスを考えて、タイヤを長くしたんでしょうね。

 小ネタでした……。

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 なにゆえこのブログでアメリカ映画 『ブレードランナー』 か、といえば、私にとって香港と『ブレードランナー』は切っても切れない関係だからです。

 この映画を観た方は多いと思いますが概要を。こちら→(「ウィキペディア 『ブレードランナー』)。1982年製作。監督はいまや超大御所のリドリー・スコット、主演はハリソン・フォード。舞台は2019年の近未来のロサンゼルスなのですが、漢字やカタカナが入り混じった街が出てきて、これが何か香港を思わせるのです(新宿歌舞伎町だという人もいますが)。

 ブレードランナーが香港的、とか、香港がブレードランナー的、というのは1982年の公開当時から言われていたようですが、私はそんな評判は知らないまま、香港に行く前に池袋の名画座でこの映画を観ました。で、映画を観たときに自然と、「まだ見ぬ香港にはこの映画の都市に似た世界があるんじゃないか」と思ったのでした。

 そこで、初めて香港に行くという前日、私は、ブレードランナーのLPレコード(当時は作曲担当のヴァンゲリスの主張によりサントラ盤がまだ出ていなかったので、オーケストラ盤)をカセットテープに録音しました。そして香港にそのカセットを持って行って、泊まったホテルの窓からネイザンロードを見下ろして聴いたりしていました。

 香港に行ってみて、そこにはまさしくブレードランナーの世界があった(と、私は感じた)のですが、その後、私はこの映画のサントラ盤が出ないことを不満に思い、自分で『ブレードランナー』のVHSソフトから音楽部分だけ抜き取って録音し、これをまた香港に持っていっては夜のスターフェリーに乗り込んで、オープニングシーンの音楽をウォークマンで聴きながら、中環の高層ビル群を眺めたりしていたのでした。いま書いてて自分でもオタクだなあと思います。さらに言ってしまうと、録音したそれぞれの音楽に題名を付けていました(苦笑)。「上環 午前2:00」とか、エンディング曲には「香港1997」とか(...汗)。映画の内容にはまったく関係ない題名。で、カセットテープのラベルに書いた全体のタイトルは「迷走香港」(大苦笑)。

 その後、サントラ盤が出ないことにどこぞの国のマニアが業を煮やしたのか、映画のサウンドトラックのマスター音源からダビングしたという、まさしく「本当のサントラ盤」ではあるが「海賊版CD」という、「オフワールド盤」というものが世界に出回りました。どういうルートでマスター音源が外部に漏れたのか不思議です。

 そして90年代半ばについに正式なサウンドトラック盤がリリースされました。しかしなお現在でも「オフワールド盤」にはプレミアが付いた状態で、ヤフオクなどでも数万円で出品されています。なぜこれにプレミアが付くかといえば、正規のサントラ盤CDは作曲家ヴァンゲリスの意図により、収録内容の一部が、映画のイメージから逸脱した内容になっているからです。映画音楽ファンというのは、私もそうですが、基本的には映画のオリジナルスコアに忠実で、オリジナルどおりの楽器の使用による、フィルムの「サウンドトラック」に忠実な音楽を求めます。しかしヴァンゲリスは、それとは真っ向から反対の考えらしいです。彼の考えによれば、映像なしのCDなどに収録するのは「独立した音楽」であり、元の「映画のBGM」とは違う、ということらしいです。

 わたしは情報不足でこの「オフワールド盤」を買い逃したのですが、後に似た内容のルーマニアでリリースされた「サントラ盤」を渋谷のサントラ盤専門店「すみや」で見つけてたしか5000円くらいで手に入れました。しかしこういう有象無象の「サントラ盤」の数々が出た後も、香港で聴くには、私は自分で作ったカセットテープの方を実は気に入っていました。

 『ブレードランナー』は封切り公開当時は不当たりで、興行的には失敗と言われました。しかし、その後再上映やビデオなどでブレイクし、多くのマニアが生まれました。また、ここで描かれる未来図がのちの多くのSF映画に影響を与えました。この映画には試写版を含めて様々なバージョンがあり、それがまたマニアの探究心をくすぐっています。私はこの映画自体に対してはマニアというほどのものではなく、ライト級のファンだと思っています。

 この映画が公開されてから25年が経ちました。『ブレードランナー』は製作された1982年の時点で、37年後の2019年を舞台にしています。時間的には、すでに現在、舞台設定の2019年に対して折り返し地点を過ぎています。2019年まではあと12年です。現実の世界では我が日本のホンダや村田製作所のロボットが現在の世界最先端ロボットというなら、映画に出てきたようなレプリカント(人造人間)が登場するには、残り12年では時間がとうてい足りません。おそらく実現しない。手塚治虫が描いた鉄腕アトムが2003年に実現しなかったのと同じです。あと12年後のロサンゼルスで、パトカーが空を飛びまくっているということもないと思います。

 で、前置きがやたら長くなりましたが、『ブレードランナー』製作25周年を記念して、4つの歴代全編集バージョンと、今回新たに編集された2007年版ディレクターズカットの「ファイナルカット」、メイキングやドキュメンタリーなどをプラスした、DVD5枚セット(本国ではブルーレイ、HD-DVDもあり)が限定販売されることになりました。というのが、上の写真。「アルティメット・コレクターズ・エディション(日本版のタイトルは「アルティメット・コレクターズ・エディション・プレミアム」)」。予約販売で12月にリリースされます。

 このセット、DVDセットが18352円(アマゾン)もします。しかし、調べてみるとアメリカ本国版DVDは7387円(輸入版サイト)。半額以下の価格です。しかも日本版では販売されない次世代メディアのブルーレイやHD-DVDでも79.98ドル(9357円)で手に入ることがわかりました。本国版にも日本語字幕が収録されるので、こっちを選ばない手はありません。(ただし、日本版DVDには日本語吹き替えが付きます)

 「ファイナルカット」とかBOXとか、こういうセットの限定販売はいかにも商売的だなあと思いつつも、本国版のブルーレイを予約しました。HD-DVDとどっちにするか迷いましたが、ブルーレイが今後生き残ることに賭けました。それにしてもメディアの移り変わりは激しいです。DVDがもう旧メディアになりつつあるのですから。

 こういうときに比較して思うのは、日本のソフトが相変わらず高いな、ということです。

 ディスクのみの場合、ブルーレイ、HD-DVDだと、日本版は「ファイナルカット」版1枚のみで3686円(アマゾン)ですが、本国版はこの「ファイナルカット」版を含む歴代編集違い5バージョンとボーナスディスクの5枚ディスクセットで3977円(輸入版サイト)です。日本版制作上のコストや販売数の事情もあるでしょうけど、あまりにも価格差が大きすぎます。日本版を扱う当のアマゾンのコメント欄にも「日本版が高いから輸入版を予約した」という投稿がありました。

 ちなみに、この映画、私の個人的な香港をからめた勝手な「熱い想い」とは別に、もともと香港とは大いに関係があります。

 実は 『ブレードランナー』 は、香港の映画会社ショウブラザースの総帥、邵逸夫(ランラン・ショウ)の出資によって作られた映画なのです。映画の国籍というものがどういう条件で決まるか私はよくわかりませんが、この映画の場合は、正確に言うと表記上としては「1982年製作 アメリカ・香港」となります。

 でも、出資が香港資本だからこの映画のなかのロサンゼルスがホンコン的になった、ということではないようです。

 さあて、予約はした。12月に『ブレードランナー』のブルーレイディスクが届く。あとはブルーレイ・プレーヤーと大型ハイビジョンテレビを買うだけだ(笑)。

・関連ニュース(日本版)
 http://www.watch.impress.co.jp/av/docs/20070903/whv.htm

・日本版
 Amazon.co.jp

・本国版
 http://www.fantasium.com/main.phtml
(「blade runner」で検索すると出ます。日本版とはセットのタイトルが違うので注意<日本ではディスクのみのセットにも「アルティメット」のタイトルが付いていいますが、本国版は付きません>。取引に関してのリスク等は各自のご判断で。また輸入版のDVDはリージョンコードに注意してください)

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 PCの写真ファイルを整理していたら出てきたので、コレ。廟街のわきに、金網で囲まれた食堂が何軒かありますよね。あそこの炒飯です。メラミンのお皿に片寄って無造作に盛られているのがこういう食堂の特徴。乱暴にバンッとテーブルに置かれます。

 香港から日本に帰ってきて、いろいろなところで炒飯を食べてみて、「やっぱり香港のとはどうしても違う」って思ったりしますよね。もちろん、お米の種類が違います。でも、香港にならって長粒米を使ってるレストランの炒飯でも、日本のは何かちょっと違う……。

 自分で撮ったフツーの写真だけど、これを見て、口の中に香港の炒飯の「フレーバー」というか「風味」というか「舌触り」が広がりました。

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majestic.jpg
 映画館の話が続きます……。この写真は今回のタイトルとは関係ないです。イメージ写真です。ちなみにこれは油麻地にあった「大華戯院(マジェスティック・シアター)」。いまはこの場所に「大華酒店(マジェスティックホテル)」が建っています。この写真、私のサイトからの流用ですが、最近、ブログにも何かしら絵柄があったほうが楽しいかなと思うようになったので、入れました。

 さて本題です。ここのところ、香港のWongさんと映画館の写真について連絡を取り合っていたので、懐かしくなっていろいろと映画館のことを香港のヤフーで検索しました。すると、中文版のウィキペディアに「香港已結業戲院列表」という項目があるのを発見しました。「香港の閉館された映画館のリスト」ってところでしょうか。

 Wikipedia 「香港已結業戲院列表」

 たくさんの今はなき大映画館が名を連ねています。
 このページをずーっと下まで見ていったら、「資料來源」の欄に、いくつかリンクが貼られていました。
 そこに「香港已結業電影院 (日文)」というのがあったのでクリックしたら、私の「香港なんでもケンショウ堂」の「今はなき大映画館たち」がでてきてビックリ。中文版のウィキペディアに、資料として私のサイトが紹介されていた……。すごく嬉しい……。

 ところで、あらためて中文版のウィキペディアを見てみて発見したのですが、ページの上の方に繁体字や簡体字など漢字表記の選択窓があります。繁体字は「台湾正体」と「港澳繁体」があり、簡体字も「大陸簡体」ほか「馬新簡体」(マレーシア?)があります。ここで選択して表示を変えることができます。お試しあれ。
 

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 先日、香港のWongさんの依頼により映画館の写真をいくつか送りました。その際、ひさびさに昔撮った写真のネガフィルムを整理し、一部はスキャンをやり直しました。

ghtheatre.jpg
 この写真は、MTR佐敦駅近くにかつてあった今はなき大映画館、嘉禾戯院(ゴールデンハーベスト・シアター)です。21年前、1986年の3月に撮ったものです。サイトにも載せてます(こちら)。
 この写真、映画館の軒下のエントランスのところが露出の関係で真っ黒なので、ふと画像修正ソフトPhotoShop Elementsでチョコチョコいじってみたら、

ghtheatre-restore.jpg
 こんなものが出てきました。黄色い囲みの部分。

ghtheatre-up.jpg
 あ、マクドナルド(麥當勞)だ。左には「M」のマーク。嘉禾戯院にマックのお店があったなんて記憶にありませんでした。あらためて別の写真を見てみたら、こっちの写真にはかすかに写ってますね。気が付かなかった。

 画像修正ソフトでいじれば昔撮ったほかのいろんな写真にもなにか新しい発見があるかもしれない。

 ちなみにこちらのページの看板の写真は、前のページの同じ写真の看板部分を拡大し、画像修正ソフトでゆがみを修正してまっすぐにしたものです。

 この画像修正ソフト、パソコン買ったら最初から入っていた簡易版。でも、おそるべし。

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 香港ではクルマのナンバー(数字とアルファベットの組み合わせ、あるいは数字、アルファベットのみ)を自分で考えて申請し、登録することができます(正確に言うと、申請したナンバーが受理されるとオークションにかけられ、自ら競り落とさなければ手に入りません)。

 このたび、「BRUCE LEE」というナンバーがオークションにかけられ、日本円で約60万円で競り落とされたとのことです。記事はコチラ

以下、引用
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2007/08/05-22:19
B・リーの名前入りナンバープレート、60万円で落札=香港
【香港5日AFP=時事】5日付の香港日曜紙サンデー・モーニング・ポストによると、アクション俳優の故ブルース・リー(写真)の名前が入った自動車のナンバープレートが香港の運輸当局によるオークションにかけられ、4万香港ドル(約60万円)で落札された。
 このプレートには「BRUCELEE」の文字が刻まれており、リーの熱狂的なファンという男性が落札した。オークションでは100万香港ドルまでつぎ込む予定だったというこの男性は、「勉学のために渡英していた時、外国人は(中国人については)ブルース・リーと毛沢東しか知らなかった」と述べ、「リーは偉大な人物であり、中国に多大なる貢献をした」と絶賛した。
 リーは米国生まれだが、「ドラゴン怒りの鉄拳」をはじめとする香港映画で成功を収め、世界的なスターに成長。73年に32歳で死去した。 〔AFP=時事〕

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以上、引用終わり

 とっくの昔に「BRUCE LEE」ナンバーは誰かに申請されオークションを経て誰かの手に渡っていたと思っていました。ちょっとした制約(文字数の制限とか数字のゼロと紛らわしいので英語のO(オー)は使えないとか)があるほかは自由に文字列を作れるので、「BRUCELEE」は誰もが思いつくナンバーの筆頭だと思ってました。取り合いになるくらいのナンバーだと勝手に思っていたけど、それがどうして今になっての「オークション出品」だったのか?

 それはともかく、4万香港ドル(60万円)というのは、少し安すぎるんじゃないか!? 本当に4万香港ドルなんだろうか。ヒトケタ間違っているんではないだろうか。香港では4万ドルのナンバープレートなんてザラ。数字の語呂合わせでエンギのいいいものやカッコイイ文字列のナンバーは、それほど珍しくないナンバーでも数万香港ドルの値が付きます。私が香港に住んでいたなら、目の前で60万円で落とされそうになったら、少なくとも5万円足して65万円で競り落とします。100万円は予算的に厳しいけど、65万円だったら、清水の舞台から飛び降ります。いや、マジで。だって1枚しかないんですよ。香港の公式のクルマのナンバープレートでこともあろうに「BRUCELEE」なんですから。このナンバーを付けて街を走るのは勇気が多少いりますが、単に保管しておいたっていい。

 あのチャウ・シンチーがブルース・リーの大ファンなのは有名な話。大金持ちの多い香港だから100万円単位で値が付いてもおかしくはないと思うのですが、実に不思議な話です。

 競り落とした人は申請した本人だったんだろうか。記事によると100万香港ドル(約1500万円)までつぎ込む予定だったというが、わずか4万香港ドルで競り落としてしまって、逆に拍子抜けして寂しく感じたんじゃないだろうか。絶対に「アレッ!?」と思ったはずです。

 事情を知らない人がこの記事を読んだら、「へえ、やっぱりブルース・リーだからすごい値が付いたんだ」と思うかもしれませんが、私には 「あのブルース・リーのナンバーがわずか60万円で落札されてしまった」 ということでビッグニュースです。

 このナンバー、値段はともかく、ぜひ香港の街中を走ってる実物を見てみたいものです。どんなクルマに付けられるのだろうか? あんまり普通のクルマだったらナンバー負けしちゃいますゼ。

 香港のナンバープレートについて
 香港ナンバープレートの売買業者のサイト
 そのサイトの中の、今回のような「申請ナンバー」売りますのページ

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 14日土曜日に水田菜穂さんが講師を務めた「亜細亜娯楽講座」に出席して、返還後10年の香港の変化をあらためて認識しました。

 そんなこともあり、この講座のあとも昔の香港の変遷をあれこれ考え巡らせました。で、あらためてふと思い出しました。さらに時代をさかのぼり、私が最初に香港に行った1986年、つまりもう20年前のことですが、初めての香港で、日本と違うな、と思ったことがあります。 それは子どもが働いていたことです。街の夜の風景の中に、子どもたちの働いている姿があったのです。

 初めて香港に行ったのは1986年。初めての海外旅行でした。20日間の香港滞在で街のあちこちをそれこそ当てもなくさまよいました。そのとき私が行った先々の茶餐廰や屋台で、小学生くらいの子どもがお茶や料理を運んだりしていたのを私は記憶しています。廟街の今はなき大道芸でも、子どもたちがお父さん(?)の指示のもとアクロバット演技をしていました。これは特別な例だとしても、1986年当時、屋台や食堂では子どもたちの働く姿がたしかにあったと記憶しています。しかし、今、私が見る限りにおいては香港の街で子どもが働いている風景には遭遇しません。

 子どもを労働力として使うかどうかは、もちろん経済の状況の如何によると思いますが、それに加えて、その国(地域)の世間の習慣や働き手に対する考え方にもおおいに依存すると思います。要するに、当時の香港では、まだ 「子どもを働かせて良し。子どもを働き手として数に数えて良し」 という認識が容認されていたのではないかと思います。労働力というには大げさか…。要は、当時の香港では、夜、「大人の時間」に、自分の経営しているお店で「手伝い」として働かせる、という習慣があったのではないか。だから夜の街で子どもの働く姿をあちこちで見かけたのだと勝手に推測しています。

 昔の香港を思い出したらまた書きます。

 

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 産経新聞のSankeiWebに、福島香織さんという方の署名記事 「【外信コラム】北京春秋 パンダvsミッキーマウス」 が7月11日付けで載っていました。

 http://www.sankei.co.jp/kokusai/china/070711/chn070711002.htm

 以下、全文を引用します。

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 テレビ朝日で日曜の朝、戦隊シリーズの『獣拳戦隊ゲキレンジャー』というのをやっています。『ゲキレンジャー』は香港映画さながらのクンフーアクションがウリで、ヌンチャクやトンファーなどの武器を主人公たちが操ります。

 きょう、この『ゲキレンジャー』を6歳の息子と観ていたら、オープニングのクレジットで 「ジャッキー・チェンの声 石丸博也」 と出てきました。

「は? 『ジャッキー・チェンの声 石丸博也』って? ジャッキー・チェンのクレジット出てたっけ? もしかしてジャッキー・チェンが特別出演か!?」 と驚きと半信半疑の期待で観ていたら、物語中盤でサメ(シャーク)の格好をした「怪人」が出てきて、その怪人の声が石丸博也で、怪人の名前が「シャッキー・チェン」だったのでズッコケました。ジャッキーではなく「シャッキー」。クレジットを読み間違えてました。目をつむって聞いたら、ジャッキー・チェンの日本語吹き替えを聞いているようでした。石丸博也さんに 「ジャッキーの吹き替え風にやってくれ」 という演出でもあったのでしょう。

 ちなみに今年の夏にやる『ゲキレンジャー』の劇場版は、香港が舞台のようです。
 タイトルは 『電影版 獣拳戦隊ゲキレンジャー ネイネイ!ホウホウ!香港大決戦』。
 息子を連れて観に行こうかな。

 http://hobby-channel.net/content/view/2881/67/

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hk77.jpg

 昨年の2006年3月、湾仔で見かけた 「 HK 77 」 のナンバープレートを付けたBMWの7シリーズ。

 この写真については、学芸員Kの「香港なんでもケンショウ堂」の掲示板の投稿[387][388][389]をご覧ください。

 掲示板「旺記茶餐廰」

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 「アクションシーンで一切スタントマンを使わないとされてきたジャッキー・チェンだが、ここにきてあるスタントマンが 『私はジャッキーのスタントマンを務めた』 ということをブログで暴露し、論議を呼んでいる」

 という主旨の記事が配信されています。

http://www.cnn.co.jp/showbiz/CNN200704050008.html

http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/world/asian_entertainment/?1176290827

 でも、ジャッキーが一部のアクションシーンでスタントマンを使っていることは、昔からファンの間では知られていたことではないかなと思います。
 たとえば映画 『サイクロンZ』などのアクションシーンでも、明らかにスタントマンが演じていることがわかる場面があります。

 記事の見出しが 「囁かれるスタント説」ってなってるけど、説でなくて事実です。なにをいまさら騒ぐのかなあとも思います。こういうとき、いわゆる広く浅くの門外漢の一般メディアの無知さ加減が露呈されるのだなと再認識しました。
 極端な話、スタントを使っていたとしても作品が面白ければいいというのが個人的な意見です。たしかに映画を観ていて「あッ! スタントマンが……」と気が付いたときはガッカリしました。でも、いいじゃないですか。おおいに見せてくれる超大技シーンでは、まず本人がやっているのだから。
 そもそもスタントを使ったのは、特にジャッキー全盛の時代は映画制作の時間に制限があったからだとも聞いたことがあります。過去に地元の雑誌「香港通信」で、「映画スタジオに貼り出された撮影のスケジュール表を見たら、同じ時刻に複数のロケ場所でジャッキーが演じる場面が撮影されていた」という主旨の現場レポートが載っていました。つまり本人がいる現場以外、あるいはもしかしたらすべての撮影場所で「身代わり」が演じていたことになります。それがアクションシーンではなかったとしても、だいたい、スタント(身代わり)というのは映画制作では常套手段なのではないか、と思います。

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 香港での公共交通機関でなくてはならないのがオクトパスカード(八通達)。これ1枚で香港のあらゆる乗り物が乗れる便利なプリペイドカードです。カードを改札口の読取り部にタッチするだけで出入札できる便利なもの。香港ファンの中には持っている方も多いと思います。オクトパスカードを使うときに鳴る「ピッ」とか「ピポパ」という音は、すっかりおなじみになりました。入札と出札で音が違うんですよね、たしか。この音を聞くと「今、香港にいるんだなあ」と感じ入ってしまいます。

octopus3.jpg
     これは学芸員Kのオクトパスカード。なんの変哲もありません。持ち主の名前が
     刻印される記名式もあるようです。クレジット機能付きということで、だから香港
     在住者でなければ手に入らないらしい。その記名式のヤツが欲しい!


 万年香港観光旅行客の学芸員Kが初めてオクトパスカードを手に入れてまずやったのが、ショルダーバッグの底にこのカードをセットしたこと。地下鉄の改札口を通り抜けるとき、地元の人々がやるようにカードを出さずにバッグをかざして通過するためです。地元民の行動に少し近づく快感。地元の生活者にとってはオクトパスカードは便利な道具以上の何ものでもありませんが、香港マニアの観光客にとっては、それ以上の意味を持っています。

 今では在住者だけではなく多くの観光客も利用するようになったとは思いますが、香港の地元民の行動に少しでも、少しでも近づきたいという永遠の欲求に応えてくれるツールのひとつが、オクトパスカードなのです。

 地元民に近づく行動。香港ファンの勝手な自己満足。オクトパスカードをバッグに忍ばせて地下鉄の改札を通過する以外にもいろいろとやってきました。もう10数年前になりますが、現地のポケベルやPHSを買って持ち歩いたりしたこともある。そんなもの当時学芸員Kは日本では持っていなかったのに。連絡がくる相手は香港人の数少ない知人からのみ。だから、こっちから折をみて公衆電話をかければ済むことなのですが、ポケベルやPHSを連絡を香港の街なかで地元の人々の真似をして持ち歩いてみたかった。当時、香港の人々はバッグなどに入れずに手に携帯電話を握り締めて街をあるいていました。わずかな期間の香港滞在ごとに、毎回、回線の再開と停止の手数料で数千円の出費でした。

 香港で風邪を引いて、わざわざ西洋医ではなく漢方医に行って診てもらって、処方されたドンブリ一杯の真っ黒な煎じ薬を一気飲みしたこともある。すごく苦かったです。上環の路地裏の古い雑居ビルを上がったところにあった漢方医の部屋の中で、「これでまた『香港』の経験値が上がったな」 とひとり悦に入りましたが、よく考えりゃ地元の人だって今どきはほとんどが西洋医に診てもらっているだろうに。

 こういう、香港に惚れた人間の、あさっての方向への暴走は、香港在住日本人の人々から見たら涙を誘う行為かもしれません。学芸員Kの場合、これまで香港にいた総滞在日数だってカウントして頭の中にありますからねッ(笑)。

 話は戻って、オクトパスカードです。このオクトパスカードが香港にお目見えしたのは1997年9月とのこと。つまり香港が中国に返還されて間もない頃です。オクトパスカードはソニーの非接触型ICカードFeliCa(フェリカ)の技術を採用しています。日本でもJRが首都圏の「Suica」や関西の「ICOCA」、東急が世田谷線の「せたまる」に採用していますし、そのほかけっこう各地で導入されているようですが、オクトパスカードのような相互交通機関で利用できる統一のカードはありませんでした。……たしか。しかし、ついに日本でも、首都圏で相互利用可能なシステムが3月18日に登場するという。名前は「PASMO」。オクトパスカードに遅れること実に10年です。

 香港には地下鉄、トラム、バス、タクシー、フェリーなど様々な乗り物があります。しかし、それぞれの交通機関の乗り換え自体はいたってシンプル。いったん交通機関を降りてシャバに出て、別の交通機関に乗るなら改めてオクトパスカードをそこで利用するという極めて当たり前のパターン。しかし、日本の首都圏の交通網は言うまでもなくかなり複雑です。東急や西武などの各私鉄の各線は、そのかなりが地下鉄の東京メトロや都営地下鉄やJRに接続して相互乗り入れをしています。実際、改札を出ないまま3つとか4つの鉄道会社の電車をスルーして乗降することは日常的に行われています。

 PASMOが導入される首都圏エリアに存在する駅やバス路線の数がいったいいくつあるのか見当もつきませんが、すさまじい数です。東京メトロだけでも162駅、東武は201駅もあるらしいです。相互乗り入れの複雑さや駅の多さといった首都圏の公共交通の状況がこのシステム導入を香港より10年遅らす原因になったのか。何事もすばやく決断する香港人と、石橋を叩いて渡る日本人の性格の差が出たのかもしれません。

 先日テレビのニュースで、PASMO導入直前の様子を報道していました。PASMOの開発ルームには各社の自動改札の機械が置かれていました。ここで、あらゆる乗り換えパターンの天文学的な数字の回数のテストを繰り返してきたということです。そんな長い時間をかけて綿密なテストをして、万端整えてのスタートなのでしょうが、でも、最初のうちはトラブルが起きそうな感じもします。

 どんなにテストを繰り返しても、実際にスタートすれば現場でトラブルが起きるのは当たり前。仕方がない。でも、テレビのニュース番組のスタッフは、スタート当日の乗客の混乱ぶりや、おそらく起きるであろうトラブルを、「やっぱりトラブルが起きました!」という感じのリポートをするために、すでに今からあらかじめ予定して手ぐすねひいて待っているような気がしないでもありません(笑)。

 香港では嬉々としてオクトパスカードに飛びついた学芸員Kですが、東京ではPASMOはあくまで生活の道具にすぎないのでワクワクした感じがないです。学芸員Kがオクトパスカードを地元民の通行証のように感じて手に入れたように、東京が好きな海外からのリピーター観光客がこのPASMOにトキメいたりするのかも。

 PASMOは、改札口では「ピ」「ピポパ」の音は鳴らないでしょうけど、ぜひこの音は香港だけのものにしてほしい。香港に行ってこの音をまた聞いたときに「ああ、香港に今いるんだなあ」と思いたいので(笑)。

 PASMO 公式サイト
 http://www.pasmo.co.jp/

 PASMO ウィキペディア
 http://ja.wikipedia.org/wiki/PASMO

 オクトパスカード 公式サイト
 http://www.octopuscards.com/

 オクトパスカード ウィキペディア
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%AF%E3%83%88%E3%83%91%E3%82%B9

 ソニーFeliCa 公式サイト
 http://www.sony.co.jp/Products/felica/

 ソニーFeliCa ウィキペディア
 http://ja.wikipedia.org/wiki/FeliCa

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 香港ヤフーのオークションに出品されている「香港茶餐廰シリーズ」のオリジナル版。このT for Candy版のボックスの写真をよく見たら、パッケージに日本語で 「第一章 僕たちの茶餐庁」 って文字が入ってます。おいおい(笑)。きちんと「茶餐廰」の「廰」が「庁」になってるし。

 http://hk.f1.page.auctions.yahoo.com/hk/auction/1113211782

 たしかに、学芸員Kや、このブログをご覧になっている香港マニアの日本人の方々にとって、香港の茶餐庁は「僕たち私たち」のものかもしれませんが(笑)、それにしても強引ですなあ。

 でも、こうしてみると、童友社版の日本語版のパッケージのほうが「香港」を前面に押し出してますね。これって海外の日本レストランの店内に招き猫や提灯や凧や博多人形がディスプレイされているのと同じですね。

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 世間を騒がせている『発掘!あるある大事典2』の納豆ダイエット捏造騒動。この番組を制作していたスタッフは関西テレビのプロデューサーから 「視聴率が20%を超えたら香港に連れていってあげる」 といわれていたそうです。

 http://www.nikkansports.com/entertainment/p-et-tp0-20070204-151435.html

 もうひとつ。現在マカオにいる北朝鮮の金正男氏ですが、香港への入境許可が取り消されたということです。

 http://www.nikkansports.com/general/f-gn-tp0-20070202-150655.html

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 関西屈指の高級住宅街があることで、兵庫県芦屋市は全国的に有名ですが、その中でも特に超豪邸―――いや「お屋敷」と言ったほうが似合うのか―――が立ち並ぶのが芦屋市の六麓荘町(ろくろくそうちょう)というところだそうです。

 昭和のはじめに開発された由緒ある超々高級住宅街。 この六麓荘町、学芸員Kは行ったことがありませんが、想像するに、東京で言えば大田区田園調布の、その中でも特に田園調布駅から放射線状に街路が伸びている、田園調布3丁目のような感じなんでしょうか。
 田園調布3丁目には、あまりにすごくて笑ってしまうような、これが個人の家なのか?と絶句するほどの非日常的な超豪邸が並んでいます。ここを物見遊山で散歩すると面白い。世の中にはこんなすごい、立派な造りの家があるのかあ、ということがわかる。

 さっきgooの地図でみたところ、六麓荘町は田園調布3丁目よりも宅地が広くて大きな家がたくさんあるようです。いまやっている山崎豊子原作のTBSのドラマ 『華麗なる一族』 の舞台は関西ですが、一族の住む家はここ六麓荘町という設定なんでしょうか。ちなみに学芸員Kは、今やってるドラマよりも昔作られた仲代達矢/佐分利信主演、山本薩夫監督の同名の映画の方が断然雰囲気が出ていて好きです。田宮二郎ほか脇を固める役者陣の顔ぶれもすごいです。黒澤映画で腕を鳴らした佐藤勝作曲のメインテーマも実に華麗です。
 
 2月1日、この芦屋の六麓荘町を超高級住宅街として存続させるため、400平米以下の住宅は建築を認めないという条例が施行されたとのことです。

 けさ、テレビのニュース番組でその条例施行のことが報道されました。番組ではこの六麓荘町の生い立ちについても紹介していました。で、ここでやっと本題に入りますが、なんとこの六麓荘町、最初の開発のときに、当時の香港の高級住宅街をお手本にして作られたということです。

 昭和初期に開発された芦屋のお屋敷街が香港をモデルとしていた !? 知りませんでした!

 それにしてもそのお手本となった香港の高級住宅街とは、いったいどこ?

 香港には九龍塘という高級住宅街があります。かつてはあのブルース・リーやチョウ・ユンファが住んでいました。しかし九龍塘は戦後の開発で、いわば新興住宅街。とすると、六麓荘町開発のお手本となったのは、かつてイギリス人が多く住んでいた、香港島の山の上のほうではないかと思われます。

 セントラルからピークに登るのに便利なピークトラムと呼ばれるケーブルカーがあります。いまは観光としての役割が大きいピークトラムですが、本来は山の上に住む支配階級のイギリス人の移動手段として作られたということです。このピークトラム沿線の当時のイギリス人住宅街が六麓荘町のモデルになったのかもしれません。

 そういえば、かつて香港の山の上にはヤオハンの和田会長が住んでいました。学芸員Kは香港の空港で和田会長を見かけたことがあります。すでにヤオハンが倒産したあとだったんですが、その後も和田さんは香港や中国と関係が続いているのでしょうか。

 ところで、六麓荘町はもちろんのこと、日本では土地区分によってその土地に建てるものが細かく制限されています。しかし、香港はなんでもアリ。だから香港の高級住宅街の九龍塘では豪邸がラブホテルに変身したりする。ブルース・リーの邸宅がラブホテルに改築され現在も営業されているのは有名すぎる話。

 ある香港映画―――どの映画だったか忘れたが、『仙樂飄飄』だったか?―――で、主人公の女性が男の同僚とタクシーに乗って、一刻を争うという用件があり息せき切って 「九龍塘まで!」と告げたら、勘違いした運転手がルームミラー越しにふたりを見て意味深にニヤッと笑う、というシーンがありました。香港でこの映画を観たのですが、場内の香港人観客はウケてました。
 
 香港を代表する超高級住宅街として知られる場所が、同時にラブホテル街としても世間に広く認知されているという状況。これが日本なら、華麗なる方々が住む六麓荘町や田園調布3丁目に、お屋敷とラブホテルが隣り合って並んでいる……ということになりますが、その光景はちょっと我々の想像の範囲を超えてしまいます。香港のこんなアナーキーなところが、傍観する永遠の香港観光客学芸員Kにとってはたまらない魅力です。

 学芸員Kは九龍塘には数回行ってみたことがあります。最初に行った90年代初めころはラブホテルが目立ってましたが、それ以降はラブホテルだけではなくウェディングの撮影スタジオや幼稚園、老人ホームなどもあちこちに見受けられるようになりました。いずれもかつての邸宅を改造したものが多いようです。いまはないかもしれませんが、いくつか映画会社の事務所もありました。ジャッキー・チェンの事務所も。

 いま、東京や各都市のあちこちに、雨後のタケノコのように建てられているタワー型の超高層マンションがありますよね。 あれも実は香港がお手本だったりして。

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 香港から英文のメールが届きました。Wong Ha Pakさんという方で、ネットで検索していたら「香港なんでもケンショウ堂」の「今はなき大映画館たち」を見つけたとのこと。彼も映画館のことを書いているという。さっそく彼のブログ「戯院誌 Talk Cinema」に行ってみました。すると、学芸員Kも「今はなき大映画館たち」で紹介している嘉禾戯院はじめ各映画館のたどった道などがつづられています。当時のチケットの写真もアップされています。

 香港の同志からメールをもらったことは大変嬉しかった! もしかしたら、学芸員Kが香港の映画館で映画を観ているとき、隣の席に座ってたのがWong先生(さん)だったりして(^o^)。(なお、「戯院誌 Talk Cinema」でもWong Ha Pakさんの名で記事を書かれていますので、ここでも同氏の名前を伏せずにご紹介させていただきました)

 二人で意気投合し、お互いのブログとサイトを紹介しようということになりました。で、さっき、「戯院誌 Talk Cinema」に行ってみたら、すでに「香港なんでもケンショウ堂」が紹介されていました。先をこされましたなあ(^v^)。

 さあ、きょうから東京国際映画祭。と言っても、行くのは24日の『得閒飲茶(英文題名「I'll Call You...」)』 1本だけですけど。

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 ユニクロのジョルダーノ買収劇は「劇終」となったようですが、その後にこんなことがオマケで付いてきました。

 http://www.nikkei.co.jp/kaigai/asia/20060907D2M0701Q07.html

 日々イイ製品を作ろうとしている現場とは違ったドラマが、「上の世界」ではあるようですね。

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 記事を書きそびれて、ちょっとご無沙汰してしまいました。サイト「香港なんでもケンショウ堂」のほうも更新が滞っているし。

 さて、香港関連で気になったニュースをふたつほど。

 まず、以前の記事でも書きました、ユニクロ(ファーストリテイリング)によるジョルダーノの買収についてですが、結局、「買収はナシよ」ということが、ファーストリテイリングから正式に発表されたようです。
http://www.asahi.com/business/reuters/RTR200609050012.html
 香港ファンとしては、香港へ旅行に行ったときに民族系のジョルダーノでシャツや靴下を買うことが、これはこれで旅のささやかなスパイスだったわけですから、買収が成立しなかったのは歓迎です。だいたい、日本国内でも、銀行やお店なども含め、企業が買収されたり合併されたりしてマンモス会社(店)へと集約されていくのは、選択肢が減るというか面白みがなくなってしまって、ちょっといけません。少なくとも、今回の買収が不成立になったのは、歓迎します。ユニクロも好きだし利用しています。香港でジョルダーノの服を気軽に買うのも楽しいです。だからこれからもそれぞれ独自に歩んでください、お願いネ。

 もうひとつ。香港の新しい航空会社が10月にロンドンへの直行便を就航させるとのこと。
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2006&d=0904&f=business_0904_002.shtml
 航空会社の名前はオアシス香港エアラインズ(甘泉航空)。香港に新しい航空会社が誕生することすら知らなかったので、ちょっとビックリしました。日本への就航は将来的にあるのでしょうか。期待します。
 ……でも、しばらくしたら結局キャセイパシフィックに買収されちゃったりして。

 ウィキペディアにも載ってました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%A2%E3%82%B7%E3%82%B9%E9%A6%99%E6%B8%AF%E8%88%AA%E7%A9%BA

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 学芸員Kが今年の3月に香港に行ったときに街で遭遇したアレックス・フォン(方力申)が、香港ディズニーランドの「ファンタジーランド・エクストラバガンザ」のスタート記念イベントで登場。

 ニュースサイト「中国情報局」

 アレックス・フォンは香港の競歩大会の親善大使を務めたりするなど、イベントやキャンペーンによく駆り出されているようです。

 学芸員Kがアレックス・フォンに遭遇したときの話は、コチラへ
 「香港なんでもケンショウ堂」の「机上のクーロン」

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http://www.nikkei.co.jp/news/main/20060805AT1D0408804082006.html

 いや、単純な話、香港ファンとして、また、香港に行ったときには便利で何かとお世話になるジョルダーノを利用している者としては、ジョルダーノが日本の企業になるのは、ブランド名は変わらないにしても少し残念です。
 香港に行かれた方、住んでいる方はご存じだと思いますが、ジョルダーノは、日本のコンビニ並みに街で見かけますよね。学芸員Kは旅先でシャツが必要になったりすると、あれこれ店を探す時間がもったいないので、すぐにジョルダーノに行きます。
 もし、ユニクロがジョルダーノを買収したら、Tシャツとかポロシャツは共通の商品になる可能性があるのでしょうか。そうだとすればガッカリですなあ。

 ところで、ネットで調べた範囲でわかったことなのですが、やはりファーストリテイリングがユニクロを始めるにあたって、一番参考にしたのがジョルダーノだったということです。

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 「ユニクロがジョルダーノの株式取得を計画」というニュースが入ってきました。

 http://www.asahi.com/business/reuters/RTR200608040033.html

 皆さんは、ユニクロが登場して脚光を浴びたとき、どう思いましたか? ユニクロのコンセプトである、「安くてもそれなりにかっこよく、背伸びしない割り切ったポジションのファッション」を、「コンビニのようにあちこちにお店を設けて便利さを身上に提供する」、というスタイルを見て、学芸員Kは 「これは香港のジョルダーノのコンセプトを、そのまんまいただいたんじゃないか?」 と思いました。皆さんもそう思いましたよね?
 ジョルダーノのこのスタイルは、現在ほど明確ではないにせよ、学芸員Kが香港に初めて行った20年前にはすでにあったと思います(記憶が間違いでなければ)。このときジョルダーノのポロシャツを買った覚えがあります。オレンジのポロシャツ。当時のジョルダーノのポロシャツは品質が悪く、洗濯したらペラペラになってしまいましたが(笑)。
 この業態は、さらにさかのぼればアメリカのGAPあたりを源流としているのかもしれませんが、とにかく、ユニクロが登場したとき、学芸員Kはジョルダーノのスタイルを真似ているなと思いました。

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きょうは香港返還9周年記念日。
1997年7月1日午前0時にイギリスから中国に香港が返還されてから
はやくも9年が経ちました。
9年前の返還の瞬間、学芸員Kは香港の銅鑼灣のタイムズスクエア前広場の
群集の中にいました。
当時放送されたNHK総合テレビの「返還式典生中継番組」のなかで、このときの
タイムズスクエアでのカウントダウンの様子が紹介され、学芸員Kも見切れて登場(笑)します。
予約録画してあったビデオを帰国後に観たらけっこうでかく写ってました。
広場で、シャンパンなどを持参したマジメ系な大学生らしき数人のグループと
カウントダウンの前にちょっとだけ親しくなったのですが、NHKのカメラがこのグループを
メインに捉えて返還の瞬間の様子を撮ったので、学芸員Kも写ったという次第。

香港返還にはそんな思い出がありますが、すでに9年が経過しました。
香港の資本主義体制は、返還から50年維持されることが決まっていますが、
それがあと41年になったわけですね。
あと41年の間に、本土で何か大きなことが起きると思いますので、
今後のことは甚だ不透明ですけど。

学芸員Kがやっています「香港なんでもケンショウ堂」では、
昨年の香港返還記念日には「返還日の地元の新聞」の展示をしました。いまは常設展に
移行しています。今年は何もしませんでしたが、もし、まだこの展示をご覧になっていない方は
ご覧になってみてください。
toho.jpg
〔写真は1997年7月1日付の東方日報〕
http://homepage2.nifty.com/hongkong/michibata-paper.html

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