【香港おみやげスライド】の記事

 香港おみやげスライドの連載はまだ終わってません。「ガラスの仮面」並みの速度で連載を進行しております。

 では、ひさびさに取り上げることにします。

 今回は、<No.34>です。(前回はこちら。最初からまとめて見るならこちら。)

slide_34.jpg
 スライドのマウントに書かれているタイトルは、上から中文、日文、英文で

 「No.34
 香港太空館
 天文館
 HONG SPACE MUSEUM


 となっています。別にムリに日本語で「天文館」としなくていいのに。

 香港太空館の建設風景。

 香港太空館はプラネタリウムをメインとした公営の施設です。

 香港太空館は「1980年10月に開幕」とウィキペディアに載っています。このスライド写真は、ほぼ完成している建物の出来具合からみて、その1980年に入ってからの撮影と推測。


 下の写真は私が1986年3月に撮った写真。

 建設中の「香港文化中心」です。文化中心は太空館の東隣にあります。

 この写真は上のスライド写真から数年後の撮影ということになります。

culturecentre_underconstruc.jpg
 Googleストリートビューで上の写真と同じあたりの位置から文化中心を見てみます。マウスで画像をドラッグして左を見ると、すぐ隣に香港太空館があります。


檢視較大的地圖


 維基百科(ウィキペディア)「香港太空館」

 香港太空館公式サイト
 http://hk.space.museum/

 私は香港太空館のプラネタリウムには1度だけ入ったことがあります。たしか科学館もあって、ここにも1度だけ入りました。


 プラネタリウムや歴史博物館のような施設が繁華街から至近のところに集まり、プロムナードがビクトリア湾をはさむ両岸にあってそれぞれの対岸の街を眺めることができたり、その間をフェリーが行きかったり、目抜き通りを2階建てのチンチン電車が走ったりと、香港という都市は、街の「具材」や「装置」が箱庭のようにコンパクトに詰まっています(以前は市街地に隣接した啓徳空港もあったが......残念)。だから私は、香港の街がまるで鉄道模型のジオラマみたいだといつも感じてしまいます。私にとっては、そんなジオラマ風の都市が香港の魅力のひとつです。

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slide_33.jpg 【連載】香港おみやげスライド

 <No.33>です。(前回はコチラ。最初からまとめて見るならコチラ。)

 スライドのマウントに書かれているタイトルは、

 「No.33
  海洋公園正門

  海洋公園正門入口
  MAIN ENTRANCE OCEAN PARK」

 です。

 このおみやげスライドはよほど海洋公園が好きなのか、やたらと出てきます。

 写っている日産セドリックのタクシーのカタチからみて1970年代の撮影と推測。

 それにしても、こんな入口の写真、どこが面白いのか?
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slide_32.jpg 香港おみやげスライドの<No.32>です。(前回はコチラ。最初からまとめて見るならコチラ。)

 もとのポジの状態が悪かったのかキズが多かったので画像をちょっとだけ修正しました。

 画像をクリックすると拡大して見られます。

 スライドのマウントに印刷されているタイトルは

 「No.32
  政府廉租屋邨

  政府住宅
  RESATTLEMENT ESTATE」


 となっています。タイトルは上から中文、日文、英文です。

 たしか香港の団地の建物は、その建てられた時代ごとにスタイルが異なっていて、第1型から第6型まであったと思います。

 香港の日本語新聞「香港ポスト」がかつて出していた月刊誌の「香港通信」で、香港の団地を特集した号があります。

 久しぶりに本棚から引っ張り出しました。

hk_tsushin68.jpg 1997年12月号(第68号)。表紙はテレサ・リー。値段は50香港ドル。日本では表参道の香港電影船や神保町の東方書店などでたしか900円で売っていました。

 特集のタイトルは「香港最後の魔宮 団地にいらっしゃ~い!」

tsushin_danchi001.jpgtsushin_danchi002.jpg こんな誌面で14ページにわたる香港の団地特集。なんともマニアックです。

 「香港通信」は、もともとは「香港ポスト」の月刊版という位置づけで出されたらしく、創刊当初は地味で硬派な誌面づくりでしたが、途中から路線を変更して内容がどんどん柔らかくポップになり、扱うネタがマニアックになっていきました。

 マニアック路線は号を追うごとに深まり、毎号新しいのを手に取るたびに「こんなネタの特集やって、はたして読者に需要はあるんだろうか?」と、私は不思議に思いましたが、「香港ファン」「香港オタク」にとっては、毎号、「よくぞこんなものを特集にしてくれた!」と思うような楽しい記事ばかりでした。だから香港在住の日本人よりも日本にいる香港マニアのほうにウケていたんじゃないでしょうか。

 ところが、そんな超マニアックなファン向けの企画の連発が災いしたのか、この第68号から数えて6冊目の第73号をもって「香港通信」は廃刊になりました。


 で、話もどって団地特集。

 上の特集によれば、香港では全人口の35%が公共団地に住んでいるということです。

 このスライド写真に写っている手前の薄緑の建物は、もっとも古い第1型に分類されるようです。

 第1型の特徴は、周囲を外廊下が囲み、各住居は玄関を外に向けて背中合わせに並んでいたことです。だから窓は玄関扉の横にある小さなもの1つしかなかったとのこと。

 第1型は、増え続ける人口のために とにかく人々に住む場所を供給するというのが目的。各住居は単なるコンクリートの箱のワンルームで、部屋の間仕切りもなにもありません。台所もトイレも共同で部屋にはなかった。

 この第1型は、上の香港通信が出た1997年の段階ですでに取り壊されて現存するものがなかったそうです。

 香港の団地の建物が第1型から6型まで分類されるというのは、もっとも初期に建てられた1950~60年代の建物を指してのことのようです。70年代以降に建てられたものはこれらとは区別されるそうで、私の記憶とは違っていました。



 これは1971年に建てられた華富邨という団地の、ある部屋の見取り図。上の特集に載っていたイラストです(転載すみません)。
tsushin_danchi003.jpg そして現在の香港の公共住宅の主流は超高層タイプで、日本でなら高級マンションと見まがうようなリッチなものになりました。空港から電車に乗って九龍に向かうときにもたくさん見かけます。

 そういえば香港政府観光局(まだ観光協会の頃だったかも)が企画した現地募集の無料ツアーに、香港の古い団地を見学して一般居住者のお宅を訪問する、というものがありました。今でもやっているのでしょうか。



 香港の団地で思い出しました。

 キャセイ航空のCM。団地が舞台です。


 ついでに、団地とは関係ないけど、ここに楽しいキャセイのCMがいくつもあります。
 http://www.youtube.com/watch?v=QSw-FwSSJnE

 前にも書きましたが、これらのCMは以前は國泰航空60周年記念サイトにアップされていました。

 あと、キャセイとは別のサイトで、映画監督のジョン・ウーがかつて住んでいた団地を訪れるシーンがある動画もどこかにあったと思うのですが、見つけられませんでした。


 ところで、この外国人観光客向けのおみやげスライドに、なぜなんの変哲もない団地の写真が採用されているのか、ちょっと不思議です。他はいわゆる典型的な観光スポットの写真ばかりなのに。

 そう考えると、さっき書いた観光局の団地ツアーというのも、よく考えれば不思議です。普通の団地の暮らしを「観光する」という発想、いったい観光局内部の人が企画したのでしょうか。外国人の香港マニアの要望を聞いたのか? そりゃ一部のマニアには興味がありますから。

 それとも香港人には団地に対して、うまく言えないが何かこう 「外部的な視点」 とでもいうようなものがあるのか? 香港人にとっての団地に対する思いを知りたくなってきました。
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slide_31.jpg ということで、2011年の記事の第1弾は、「香港おみやげスライド」です。

 今回は<No.31>です。(前回はコチラ。最初からまとめて見るならコチラ。)

 「No.31
  合和中心及旋轉餐廰

  合和セこタビルディング
  HONG KONG HOPEWELL CENTRE」


 灣仔のホープウェルセンターです。

 上のタイトルの2行目の日文が、「セこタ」となっています。もちろん「センター」の誤りです。

 写っているタクシー2台は日産セドリックです。

 このうち、左側のセドリックは、私が1986年の香港で撮影した写真に写っているタクシーと同じ型だと思います。

 それに重なるように写っている右のタクシーもセドリックです。これは左のより古い型です。1970年代のモデルだと思います。

 このふたつのセドリックのタクシーからみて、写真が撮影されたのは1980年代の前半ではないか、と推測。

 ホープウェルセンタービルは、80年代は香港で一番背の高いビルだったと記憶しています。けれども今ではすっかり影が薄くなってしまいました。

 皇后大道に面してはいるが、灣仔の中心エリアとなるトラム通りの界隈からはやや離れた山寄りの場所にあるため、観光客にはちょっと縁遠いスポットではあります。

 このビルの一番上の回転型の展望レストランには、一度香港人の知人に連れていってもらったような記憶があります。しかしよく覚えていません。

 場所的には、ここに建っています。(左の「-」ボタンをクリックしてズームダウンすると建っている位置が分かります)


檢視較大的地圖


 ストリートビューで見るとこれ。左がホープウェルセンターです。画像にマウスのポインタを乗せてドラッグして動かしてみてください。


檢視較大的地圖
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 久々に「香港おみやげスライド」です。

 まだ連載は終わってません。

 それと、「ゴールデンハーベスト・スタジオ訪問記」も、はやく続きを再開したいと思います。


 ということで香港おみやげスライドの、今回は<No.30>です。(前回はコチラ。全部まとめて見るならコチラ。)

slide-30.jpg やたらキズが入っていたので(このスライド自体にではなくおそらく元のマスターがキズだらけ)、画像編集ソフトで修正しました。

 写真をクリックすると拡大して見られます。

 スライドのマウントに書かれているタイトルは、

 「No.30
  天星碼頭

  九龍驛
  KOWLOON RAILWAY STATION」


 なぜか一番上の中文表記だけが「天星碼頭」で、2番目の日本語表記や英文表記が九龍駅(ただし「駅」が旧字体)となっています。

 香港ファンの目でみると、スターフェリーの乗り場よりも、やはり、今はなき左の九龍站(九龍駅)のほうに目がいってしまいます。

 やっぱり言いたい。

 この九龍站は残してほしかった。

 実物の駅を見てみたかったです。


 いま、維基百科を見て知りました。この駅、正しくは「九龍站」ではなく「尖沙咀站」というんでしょうか。

 維基百科「尖沙咀站」

 名前なんてどっちでもいい、とにかく、この建物、残していれば、尖沙咀のランドマークとして地元の人にも観光客にも今でも愛されていたはずです。使い道はいろいろあったはずです。歴史博物館として使ったってよかった。そうすりゃ建物自体に、歴史アリ、だったのに。


 ところで、

 この写真では小さくて少々見にくいけれど、スターフェリー乗り場の壁の左側に、「THE  STAR FERRY  TO  HONG  KONG」と書かれています。

 そのあと、今では、この下に「CENTRAL,  WANCHAI」と行き先が書き足されています(上のヘッダー画像参照)。

 なんか、「CENTRAL, WANCHAI」は蛇足のような気がします。
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 久方ぶりの香港おみやげスライドです。今回は<No.29>です。(前回はコチラ。最初からまとめて見るならコチラ。)

slide-29.jpg
 「No.29
  海底隧道
入口
  海底トンネルの入口
  HARBOUR TUNNEL ENTRANCE」


 写真をクリックすると拡大して見られます。

 香港島と九龍を結ぶ海底トンネルです。

 現在は香港島と九龍は鉄道も含め何本ものトンネルでつながっていますが、これは一番古いトンネル。1972年に開通したもの。写真はその開通間もない頃に撮影されたものか。写真の場所は香港側?

 海底隧道の解説がここで読めます。
 「現代の香港を知るキーワード888」(Googleブックス)
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 香港おみやげスライド<No.28>です。(前回はコチラ。最初からまとめて見るならコチラ。)

slide-28.jpg 「No.28
  佐敦道碼頭
  カーフ工リー
  CAR FERRY」


 今はなき佐敦道碼頭です。スライドマウントに印字されている日本語表記、「カーフェリー」の「ェ」が漢字の「工」になってました。

 退色とピントが甘いのを少しだけ修正しました。写真をクリックすると拡大します(久しぶり)。

 撮影は1970年代前半か。根拠はありません。

 写真の右にトラックなどが並んでいます。多分、フェリーに乗るのだと思います。

 写真を拡大して見てみると、フェリー乗り場の建物の上の時計のところに、時計ブランドの「RADO」の文字が読めます。車両の乗り入れ口にはモンブラン万年筆の看板が見えます。

 写真右には、クルマを積む船だとひと目でわかるフェリーが湾上を進んでいます。かなり岸辺から離れているので、佐敦道碼頭ではなく屯門や大角咀碼頭などと香港島の間を往き来している船かもしれません。



    宿に帰り、シャワーを浴び、ひと休みしてから夕食をとりに出た。
   疲れているはずだったが、彌敦道を五分も歩いているうちに、店や人や
  乗り物に眼を奪われ、また新しく興奮してきた。彌敦道を北へ十分も行くと、
  佐敦道という賑やかな通りにぶつかる。私はその佐敦道を左に曲がってみた。
  大きな百貨店やレストランが続く通りが途切れると、油麻地の埠頭に出る。
  やはりフェリーのターミナルがあり、バスの発着所もある。
   そこには広大な遊びの空間があり、周辺のアパートの住民が夕涼みに
  出てきている。子供の手を曳いた若い夫婦もいれば、海からの風を利用して
  凧を上げている少年もいる。

        「深夜特急 第一便 黄金宮殿」 沢木耕太郎 (P.71/文庫版 P.88)より

 ここに出てくる「フェリーのターミナル」というのが、佐敦道碼頭のことだと思います。

 ちなみにこのあと主人公の「私」は、さらに油麻地を歩き、「信じられないような光景」として夜店に遭遇します。主人公はそこが「廟街」と呼ばれることを、あとで宿に帰ってから見た地図で知ることになります。


 私の持っているなかで一番古い地図(1991年版の「香港街道地方指南」)で見てみると佐敦道碼頭はこうなっています(赤い矢印のところ。ちょうどページの端っこで切れているのが悩ましいが)。
 
map_jordan_pier.jpg 彌敦道と佐敦道の交差点、裕華国貨デパートの前から西へ3、4分ほど歩けば、佐敦道の西の突き当たりがバスターミナルになっていて、フェリー乗り場があったのでした。


 現在のここの付近がどうなっているか、Googleマップで見てみると、こんな感じ。


大きな地図で見る

 この地図の中ほど、緑色の「城市高爾夫球會」の右あたりがフェリー乗り場とバスターミナルだったところです。

 このGoogleマップの左上の「-」ボタンでズームダウンすると、かつてフェリー乗り場がどこにあったのかよくわかります。もう、まわりは完全に埋め立てられています。


 今はもうない佐敦道碼頭。Google香港で「佐敦道碼頭」で画像検索すると写真がたくさん出てきました。今回のスライドと同じ画像もありました。

 いくつか載せておきます。

jodan_pier06.jpg  整然と並ぶバス。ファイル名には1960年代となっていました。図書館所蔵の画像がアップされて流れ流れてアップされていたもの。


jordan_pier01.jpg 上の写真はファイル名が1970年代となっていました。1枚目より古そうな感じもしますが。


jordan_pier02.jpg フェリー乗り場前のバスターミナル。なんでこんなに人がたくさんいるのでしょうか。朝の通勤で香港島からフェリーでやってきてそれぞれ九龍各地に行くためバスに乗り替えるところか? 子ども連れもいるけど。

 
jordan_pier03.jpg この写真はフェリー乗り場の道路の仕組みがよくわかります。

 フェリーに乗り込むクルマが佐敦道からやってきてストレートに乗船できるような形になっています。バスターミナルも同じように効率よく入ってきて出て行ける構造になっているのがわかります。

 たくさんのクルマが乗船待ちで並んでいます。写真の左の船は人間だけ乗る船です。右側の、乗り場に両側からはさまれた格好になっている船はクルマも積めるのだと思います。船尾からクルマが出入りするようになっています。

 このバスターミナル、写真で見るとけっこう大きいです。今もあるスターフェリー乗り場前の尖沙咀のバスターミナル以上の規模では?

 この4枚目の写真は、1~3枚目の写真と比べるとバスがゴチャゴチャしています。よく見ると、1~3枚目までは確認できるバスの「駅」というか(名称知りません)発着の屋根付き歩道が並んでいるのに4枚目にはありません。

 最初あったものが撤廃されたのか、最初なかったものがあとになって設置されたのか?

 普通に考えるとあとになって設置されたと考えるのが妥当なので、4枚目の写真は一番古いものかもしれません。

 写真の上にある大きなビルは建築中のシックス・ストリート・アパートメント(多分この名前はのちになってから使われる通称)。私は以前、一度だけ、このビルに入って探検したことがあります。



jordan_pier04.jpg これは映画の一場面か? シックス・ストリート・アパートメントを舞台にした映画がたしかありましたよね。それか?


 Googole検索でヒットした画像をいくつか見ていて、あ、と思ったのがこれ。

jordan_pier05.jpg 上の写真、つい最近たまたま記事に載せた、私が撮った下の写真と同じところが写っています。

alba.jpg 私はこれ、初めての香港旅行で1986年の3月に自分で撮ったのですが、どこで撮影したものか忘れていました。看板の文字が大きいから、てっきり、九龍城エリアの啓徳空港の近くかと思ってました。でも正解は佐敦道碼頭のバスターミナルの横だったのでした。


 ほかにも写真を見たい方はコチラをどうぞ。
 Google「佐敦道碼頭」画像検索結果


 私は、佐敦道碼頭からフェリーに乗ったことが一度だけあります。行き先は中環だったか上環だったか、それとも別のところだったか、覚えていません。

 沢木耕太郎よろしく佐敦道を西にずんずん歩いたらフェリー乗り場があったので、売店でスナックとジュースを買ってそのままフェリーに乗り込んだのです。

 どんなフェリーだったかほとんど記憶にありません。クルマを積める船だったかどうかも記憶にないです。ただ、ものすごくローカルな雰囲気ではありました。

 スナックを食べながら潮風にふかれてすごく幸せな気持ちだったことだけは覚えています。


 参考:維基百科「佐敦道碼頭」
    
     アマゾン 「深夜特急 第1巻 香港・マカオ」(たくさんのレビューあり)

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 香港おみやげスライド<No.27>です。(前回はコチラ。最初からまとめて見るならコチラ。)

slide-27.jpg 「No.27
  帆船
  ジャンク船
  CHINESE JUNK」


 ジャンク船です。写真自体はフツーなので今回も拡大画像はナシ。

 尖沙咀や中環のプロムナードから対岸の景色を眺めていると、たまに見かけるヴィクトリア湾を漂う古いジャンク船。

 何かの本に書いてありました。あのジャンク船は、観光協会が観光客向け用に浮かべているとか。

 ジャンク船は香港のアイコンのひとつでした。もうずっと、香港観光協会の時代から、香港政府観光局のシンボルマークもジャンク船です。

HKTB_logo.jpg ここのところご無沙汰の香港、私は、頻繁に香港に行っているときも、ジャンク船は特に注意して見てこなかったので記憶に薄いです。たしかにヴィクトリア湾に浮かぶジャンク船を何回か見た記憶はあるけれど、それがいつ頃のことかよく覚えていません。

 1990年代や2000年代に入ってからも、こういうジャンク船は浮かんでたんでしょうか。今でも浮かんでいるのでしょうか。
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 ちょっと間が空きました。香港おみやげスライドです。(前回はコチラ。カテゴリはコチラ

 たいして面白い写真じゃないので今回はさらっと。
 
slide-24.jpg 「No.23
  香港仔海鮮舫
  水上レストラン
  FROATING RESTAURANT」




slide-25.jpg 「No.25
  海洋公園海獅表演
  カーだん[居刂]場・海洋公園
  GARDEN THEATRE OCEAN PARK」




slide-26.jpg 「No.26
  海洋公園吊車
  ケブルカー 海洋公園
  CABLE CAR SYSTEM,
  OCEAN PARK」


 
 香港おみやげスライドも折り返し地点を過ぎてだんだん日本語の表記が怪しくなってきました。

 ふたつめの「[居刂]場」は劇場、「カーだん」は英語の「ガーデン」と言いたかったのでしょう。

 3つめの「ケブルカー」は見逃してあげます。

 水上レストランとか海洋公園とか、この3枚はつまらないので、画像の拡大はナシです。

 もっと、街中の風景が見たいです。
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 香港おみやげスライド、前回からの続き。

slide-23.jpg 「No.23
 淺水灣沙灘
 リパルスベイ(淺水湾)海水浴場
 REPULSE BAY」


 日本の海水浴場みたいに人でいっぱいです。何かのイベントをやっているようにも見えます。

 撮影年を推測できるものが見あたりません。
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 香港おみやげスライド前回からの続き。

 画像をクリックすると拡大して見られます。

slide-21.jpg 「No.21
 巴士・電車公共交通工具
 二階バスと電車
 DOUBLE-DECK BUS AND TRAM」
 

 クルマの形からすると撮影は1960年代ではなく1970年代だと推測。

 下の地図の、矢印のあたりから、矢印の方向に向かって撮影されたものと思われます。

map_cwb.jpg 気になるのはトラムです。トラムの部分をクローズアップしてスキャンしました。画像をクリックすると拡大して見られます。

slide-21_tram_up.jpg こっちに向かってくる手前の写真左のトラムの車両ナンバーは「81」、向こうに走っていく写真右のトラムの車両ナンバーは「97」と読めます。

 手前のトラムのフロントと、向こうのトラムのリヤには、ともに日本の時計メーカーのオリエント(東方)の広告。

 手前のトラムのサイドはGoldlionとノースウエスト航空、向こうのトラムのサイドにはSONYの広告が入っています。

 オリエントの広告のところ、腕時計の絵の横、「ORIENT」の文字の下に「QUARTZ」という文字が何となく読めます。

 いま適当に検索してみたら、あるサイトの時計の歴史年表に 「1969年 セイコー 世界初のクオーツ腕時計『アストロン』を発売。」と書いてありました。

 ということは、オリエントがこれに続いてクォーツの腕時計を発売したとすると1969年以降となりますので、トラムの広告の「QUARTZ」から判断するとこの写真はすくなくとも1969年以降の撮影ということになります。

 なお、写真右のトラムの正面のオリエント時計の広告のところ、画像が乱れてます。ひっくり返してスキャンしても乱れは同じでしたので、元のスライドの画像が不良のようです。


 続いてNo.22。人力車です。

 「No.22
 人力黄包車
 人力車
 RICKSHAL」

 
 白人が引っ張ってます。場所はビクトリア公園でしょうか。スキャンするまでわかりませんでした。てっきり本物の人力車が街なかを走っているところが写っているのだと思ってました。何かのイベントでした。ちょっとがっかりです。本物の人力車のある街の風景を見たいのに......。よって画像拡大はナシ。

 スライドマウントに表記されている英文題名の「RICKSHAL」は誤りで、正しくは「リキシャ」を語源とする「RICKSHAW」だと思います。香港では「RICKSHAL」とも言うのかとGoogle香港で検索しましたが、別のものがヒットしました。

 
rickshaw.jpg これは私が1986年3月に行った最初の香港旅行で撮った人力車の写真。中環のスターフェリー乗り場前です。もう当時から人力車は開店休業状態だったような気が......。

 参考:ウィキペディア「人力車」
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 ご無沙汰していた香港おみやげスライド前回からの続き。 今回は4枚です。

 No.17~19はタイガーバームガーデンです。
   
slide-17.jpg 「No.17
   胡文虎別墅樓景
   胡文虎の自宅
   TIGER BALM GARDEN」





slide-18.jpg         「No.18
         胡文虎別墅虎塔
          タイガーバーム ガーデンの七十塔
         TIGER BALM GARDEN」




slide-19.jpg 「No.19
   胡文虎墅龍鳳景
   タイガーバーム ガーデンの龍鳳壁
   TIGER BALM GARDEN」


 英文タイトルは全部「タイガーバームガーデン」。手抜きか?




 そしてNo.20はジャンボレストラン。No.6に続き再度の登場。

slide-20.jpg
 「No.20
  珍宝海鮮舫夜景
  珍宝水上レストラン
  JUMBO FROATING RESTAURANT」




 うーむ。

 どうですか? いずれも面白くもなんともない写真ですよね。よって今回は写真をクリックしても拡大なし。

 この「香港おみやげスライドシリーズ」は、夜景とジャンボレストランが好きなようです。もっとフツーの街中の写真を見てみたい。


 タイガーバームガーデンは今はないスポット。私は2度行ったことがあります。最初に行ったときは定休日でクローズ。2回目でやっと見学できました。香港人の友人と行きましたが、地元の香港の人々はめったにここには来なかったんじゃないでしょうか。私には面白いところではありませんでした。こういうスポットに行くなら、香港の街中を歩くほうがいいです。

 ところで、一番上の写真、タイトルが「胡文虎の自宅」となってますが、このスライド写真の撮影当時、まだ本当に自宅として使われていたんでしょうか。あまりに雰囲気がオープンです。
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 前回からの続きです。ウチの押し入れに眠っていた「おみやげスライド」の16枚目です。

 今回の記事、私の貧弱な中文読解力ゆえ、ソースとした維基百科の解釈を間違っているかもしれませんので何かあればご指摘ください(場合によっては記事削除!)。

slide-16.jpg 写真をクリックすると拡大して見られます。

 旧ピークタワーです。

 スライドのマウントには

 「No.16
  山頂餐廰
  山頂の食堂
  PEAK TOWER RESTAURANT」

 と書かれています。

 たしかにレストランはこの建物の中に入っているのでしょうけど、この場合、

 「老襯亭
  山頂の塔
  PEAK TOWER」

 あるいは

 「爐峰塔
  山頂の塔
  PEAK TOWER」

 としたほうがいいんじゃないかと思います。

 「老襯亭」とか「爐峰塔」というのは、いま、ネットでたどっていって、にわか仕込みで知った名前です。

 私の貧弱な中文読解力でいくと、維基百科(ウィキペディア中文版)によれば、「老襯亭」というのがピークに建つ建物の「2代目」で、1972年にこの「老襯亭」の上にタワーとなる「爐峰塔」を増築してこれを「3代目」としています。(間違っていたらご指摘ください)

 しかし、「爐峰塔」の名前は当時一般にはけっきょく浸透しなかったのか、画像検索してみると「爐峰塔」よりも「老襯亭」のほうが数多くヒットします。「老襯亭」は、「爐峰塔」を含めた全体を指していることになるのか。改築して「爐峰塔」が建ったあとも「老襯亭」の名前が広く使われていたのでしょうか。

 この「老襯亭」は、上に書いたように途中1972年のタワー増築がありますが、建物自体は1950年(1950年代?)に建てられたようです。1993年に、現在のピークタワーに建て直すため閉鎖されています。

 写真はタワーの「爐峰塔」が写っているので1972年以降の撮影となります。では1972年以降、この写真いつ撮影されたものか?

 手前の駐車場を見ると、私の知っているクルマが1台あります。いちばん右の列のいちばん手前、銀色のクルマはトヨタの初代セリカです。

 拡大写真。青い矢印のクルマ。

celica_closeup.jpg これが初代セリカです。ウィキペディアより引用。(トヨタ博物館かどこかの展示車両です。車両の保護のためなのか、車体が持ち上げられているので、クーペなのに4WDオフロード車のようにタイヤとボディの間のすき間が大きく空いていてちょっとかっこ悪いです)

toyota_celica.jpgcelica-rear.jpg このクルマは、ウィキペディアによれば(こればっかりですね)、1970年12月にデビューした、とあります。ということでこの写真はそれ以降の撮影ということになりますが、すでにタワーができた1972年以降の撮影とわかっているので判断材料にはなりませんでした......。

 1972年以降にデビューしたクルマが写っていれば、それ以降の撮影ということになりますが、私にはセリカ以外にはわかりません。駐車場にはロングセラーのフォルクスワーゲン・ビートルの姿も見えます。しかし写っている2台は、フロントウインドウがフラットになっていて、これは聞くところによると1960年代以前のモデルのようです。

 いちおう駐車場のクルマの部分を拡大したものを載せておきます。写真をクリックすると拡大します。

parking_closeup.jpg いずれのクルマも1980年代ではなく1970年代のデザインのように感じます。セリカが駐車場に並んでいるクルマのなかではいちばん新しいデザインのような気もします。

 まあ、ここまで考えてみて、もうどうでもよくなってきました(笑)。維基百科の中文も私にはよく理解できていないかもしれないので、間違っていたらすみません。ご指摘あればよろしくお願いいたします。

 古い写真ひとつだけ見つけました。

peak_building.jpg 右に建築中の「老襯亭」が写っています。窓が同じ形をしているのがわかります。


 
 1997年に完全に建て換えられた現在のピークタワーは「4代目」の「凌霄閣」です。これが現在のピークタワーです。

peaktower.jpg ちなみに私は「老襯亭」も現在の「凌霄閣」も、一度も中に入ったことがありません
 
 【参考】 維基百科「老襯亭」

       維基百科「凌霄閣」

       Wikipedia 「PEAK TOWER」

 ......今回の記事、読み返してみて、なんでここまで執着して書いたのか、いつもながら汗がでてしまいます。別にいつ撮ったものだっていいじゃないか......。ここまで読まれたかたには感謝します。

 なお、Google香港に行き「老襯亭」で画像検索すると今回のスライド写真と同じものがたくさんヒットします。
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 前回はコチラ

slide-15.jpg                  写真をクリックすると拡大して見られます。

 例によって退色を補正、海と空、トラムのボディのところにやたらとキズが多かったので修正しました。
 
 スライドのマウントには

  「No.15
   香港登山䌫車   
←「䌫」は判読しにくいと思います。[糸+覧]です。
   ケブルカー
   PEAK TRAM」


 と書かれてあります。「ケブルカー」に典型的な脱字。やっぱりこうでなくちゃいけません。

 現在では高層ビルに遮られて隠れている香港島北側の海岸線が見えます。

 ちなみにこれが現在のピークトラムの車両。学芸員K撮影。

peaktram-present.jpg 参考:ウィキペディア「ピークトラム」
     公式サイト http://www.thepeak.com.hk/en/5_5_1.asp

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 ひさしぶりに「香港おみやげスライド」です。(前回はコチラ

slide-14.jpg  写真をクリックすると拡大します。

 スライドのマウントに表記されているNo.14のタイトルは、例によって上から中文、日文、英文で

 「No.14
  香港大會堂
  シティホール
  CITY HALL」

  となっています。

 このビルは香港の中環に行くと今でもありますので見た方は多いと思いますが、でも、見過ごしてしまっている旅行者もたくさんいるかもしれません。なにしろ普通のビルですから。

  維基百科(ウィキペディア)「香港大會堂」

 香港大會堂はいわゆる市民会館とか市民文化センターのようなところです。このビルの上の階には圖書館があって、インターネットができるコーナーがあるので私は何度か利用しました。

 ここには結婚登記所もあってウェディングドレスを着た花嫁にもよく出くわします。ウェディングドレスを着て登記=入籍したあと、横の広場で親せき友人一同と記念撮影という光景を見ます(そのまま結婚式&披露宴直行なんでしょうか)。見ているとこちらも晴れがましい気持ちになります。

 この香港大會堂は、いかにも、たしかに昔は「モダーン」だったんだろうなあ、という感じの、だから現代では逆に中途半端に古めかしくなってしまったデザインの建築物です。

 とにかく、なんの変哲もない普通のビル。市民文化センター。

 でも、なぜこんなものが外国人旅行者向けの「香港おみやげスライド」に?



 現在の香港歴史博物館ではない、かつて九龍公園にあった旧香港歴史博物館。ここに、太古から現在に至る時系列の展示物の最後のコーナーとして、戦後香港の生い立ちをいろんな音楽とともに3つのマルチ画面でテンポ良く見せるスライドショーがありました。

 「スライドショー」などと聞くと退屈で生ぬるい感じがするかもしれません。しかしこれが、なかなか見せてくれる涙モノの内容だったのです。私は当時ハマっていました。香港に行くたびに、このスライドショーを見るためだけに博物館に何度も行きました。そして私にとってはツボにはまったその内容に、見るたびに最後には本当に涙が頬を伝うのでしたが、その話はまた別の機会に...。

 で、話が長くなりましたが、そのスライドショーに、戦後の香港発展のいくつかの記憶のひとつとして、「香港大會堂 CITY HALL 完成」というようなタイトルとともにこのビルが出てくるのです。人々の待ち望んでいたものがついに出来ました、という感じの紹介......。


 たぶん当時の香港にとって香港大會堂は、戦後発展してゆく香港の街のちょっとしたシンボルだったのではないか。自由放任主義というの名の植民地政策のもと、福利厚生の加護のきわめて薄いイギリス領香港の市民にとって、この「市民文化センター」は都市の近代化を象徴する特別な存在だったのではないか。

 ということでこの香港大會堂は、「わが町自慢の建物」だった、だから100万ドルの夜景に並ぶ香港名勝のひとつとして、外国人旅行者向けのおみやげスライドに誇らしく加えられた、と私は勝手に踏んでいます。



 ウィキペディア香港版を見るとこの香港大會堂は「1962年落成」とあります。そう言われるとたしかに1960年代らしいデザインです。

 1962年といえば中環にもまだ高層ビルがひとつも建っていなかったのではないでしょうか。

 だから当時はこのビルはきわめて目立っていたと思います。1980年代半ば頃の香港上海銀行本店ビルのような存在か?

 そういえば2ヶ月まえにDVDを借りて観た、1962年製作の東宝映画『社長洋行記』にも、シネスコの画面に、しっかり、意識的に、このビルが背景として出てきます。

 これ。(写真をクリックすると拡大します)

keiju-hall.jpg 小林桂樹扮する秘書課長が中環の旧香港上海銀行本店ビル前を歩いていると、かつて香港人留学生だった大学時代の後輩とバッタリすれ違う。おや、と振り返って画面が切り替わり、その背景には香港大會堂。

 秘書課長 「あれ? やあ! リュウ君じゃないか!」

 という場面です。


 維基百科を見ると、香港大會堂は「1962年3月2日落成開幕」となっています。一方、『社長洋行記』は、同じくウィキペディア『社長シリーズ』によれば同じ1962年の「4月29日」に公開されたということです(ゴールデンウィーク映画か)。

 日本映画黄金時代の当時、特にこの作品のようなプログラムピクチャーは、突貫工事で2、3か月に1本の割合で作って公開されていたと思います。それでいくと4月末公開のこの映画の撮影は2、3月ころではなかったか。

 ということは、ここに写っているのはまさに完成寸前か完成したばっかりのピカピカの香港大會堂ということになります。

 現地の香港人コーディネーターが東宝のスタッフにぜひ撮ったらと勧めたのかも。



 そんな戦後香港の発展のシンボルだった香港大會堂。 しかし、今や他の超高層ビル群に囲まれて完全に埋もれてしまいました!

 このブログの一番上にあるトップ画像を見てください。(トップ画像は差し替えました)

 これ。(クリックすると拡大します。)

cityhall_present.jpg 矢印の先の赤丸で囲んだ小さなビルがそうなのです!!!

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 No.12からの続きです。(最初から見たい方は左の「カテゴリ」の「香港おみやげスライド」をどうぞ。)

 No.13のタイトルは

 「No.13
  往機場架空公路夜景
  彩虹通リト空港の夜景
  NIGHT VIEW OF CHOI HUNG ROAD TO AIRPORT」

 です。これまでと同じく、上から中文、日文、英文のタイトルです。

 日文タイトルの「彩虹通リト空港の夜景」は、「り」と「と」がカタカナになってます。正しくは「彩虹通りと空港の夜景」です。

slide-13.jpg 画面をクリックすると拡大して見られます。

 1960~70年代の撮影だと思います。

 写真のタイトルにある彩虹道(Choi Hung Rd)は、地図でいくとこのあたりです。私にはいまいち判然としないのですが、タイトルは写真の景色と一致してますでしょうか。(地図左の「-」ボタンをクリックするとズームダウンします)


大きな地図で見る

  写真左上にあるネオンサインの「STELUX」、聞いたことがない名前なので検索すると、こういうのがヒットしました。

 http://www.steluxtrading.com/main.aspx

  時計店の「時間廊 CITY CHAIN」もグループとなっています。

 http://www.steluxtrading.com/group.aspx

 その左下にある看板は最初の文字が「くさかんむりに「全」(ツェンワンのツェン)」、次の2文字が「全三」と読めます。その次は判読不能ですが「野」のような気もします。最後の文字は?? 「茄」?

 その下にある「百好酒樓」は今でもあるのでしょうか。
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 香港おみやげスライドのNo.8の補足というか続き。

 元記事はコチラ

 この写真がスライドNo.8です。今はなき富都大酒店(フォーチュナホテル)のネオンサインが写っています。1970年代の撮影でしょうか。私が1986年に初めての香港で泊まったホテルがこの富都大酒店です。

slide-08-500px.jpg 初めて行った1986年の香港旅行で、私はこのホテルを写真に撮っていました。さっき、写真を見つけました。

 そうか、自分で撮っていたのか。ずっと忘れていた。撮ったことを忘れていて、これまでに何度もGoogleで画像検索をして、けど見つからなかった......。でも自分で撮っていたのか。

 これ。

fortunahotel.jpg ノースウエストの夜便で初めての海外旅行で香港に着いて、どういう仕組みかよくわからないまま流されるように入国して、啓德空港から外に出て、タクシーの黒いビニールシートに腰を沈めてひとりこのホテルにやってきて、心細さを倍増させるようなちいさなフロントでチェックインして、8階の部屋に入って、カーテンを開けて、そして見下ろした夜の彌敦道。ライトに照らされた向かいの映画館の大きな看板。行き交う赤いタクシーと全面広告の2階建てバス。街灯の下をそぞろ歩く人々。窓から飽かず眺めているとやがてテレビからは広東語音声のモノクロの深夜映画。

 これが私の香港原風景です。このときのトキメキを、私はいまでも覚えています。
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 No.10からの続きです。No.11は欠番です。その代わり無番号のものが箱に入っていましたが、それは後回しにするとして、No.12がこれです。写真をクリックすると拡大して見られます。

slide-12.jpg ブレてる。

 撮影時のブレではなく、明らかにスライド製造のプリント時にブレたものだと思います。

 No.6のアバディーンの夜景もブレています。No.6はまだそのブレの度合いが小さかったので、私はてっきり夜景のスローシャッターで撮影時にブレたのだと思ってました。

 でもこのNo.6もプリント時にブレたものとわかりました。

 というのは、他の方のブログにアップされている同じNo.6のスライドはブレていないからです。

 マスター画像はブレてなくて、子分けするプリントの際にブレたのが、私の持っているNo.6なのでした。

 そして、このNo.12も大ブレ。

 雑な製造......何をどうやったらこんなにブレるのか。

 恐るべし香港おみやげスライド。
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 この記事の続きです。

 知りたいのは、下の写真の青丸の「龍城戲院」が面している2つの道路のうち、黄色い線の道路が何かということです。

 その道路をはさんで向かい側の低層建築群の場所を知りたいのです。
 
slide-10-yellowline.jpg 龍城戲院が建っていた場所は、先の記事に書いたように、当時の新聞広告からも「獅子石道」であることがわかりました。

 しかし、龍城戲院は、これもすでに書いたように角地に建っているので、建物の2面が道路に面しています。

 片方は「獅子石道」に面していることになりますが、もう片方がなんという道路に面しているかが問題になってきます。

  「獅子石道」に面した「角地」は、下の赤丸のところです。合計8つあります。(地図をクリックすると拡大します)

ryujou-where-map.jpg 龍城戲院が建っていたのは、この8つの角地のうちのどれか、ということになります。


 Google香港で「龍城戲院」を検索したら、「ウィキペディア」がヒットしました。

 維基百科「香港已結業戲院列表」

 このページは以前、当ブログでも紹介したことがあります。「香港の閉館した映画館リスト」のページです。

 見てみると、こういう記述がありました。

 「龍城戲院 - 位於賈炳達道,1952年1月26日開幕,建築物已拆卸。」

 ここでは「龍城戲院は賈炳達道にあった」、となっています。

 この記述を信頼するなら、上の8つの赤丸のうち、龍城戲院は、先の新聞広告に載っていた「所在地」としての「獅子石道」と、ウィキペディアのいう「賈炳達道」の、この2つの道路が交わる角地ということになるのではないか。

 すると、下の A と B の2カ所のどちらか、ということになります。

ryoujou-map.jpg この2つのうち、先の夜景写真に写っている龍城戲院の位置を考えると、どうやらと思われます。

 で、A にせよ B にせよ、どうやら写真の黄色い線の道路は、「賈炳達道」ということになると思います。

 賈炳達道だとすれば、写真の暗い低層建築群のエリアは、かつて九龍城寨の周りに存在した、阿朗さんが言われる「西頭村寮屋區」ということにならないでしょうか。

 で、青丸の龍城戲院と、赤丸のビルは、同じ道路に面しているように見えます。

 ということは、
 

 「このビル(赤丸のビル)が面している道はCarpenter Rd(賈炳達道)で、低層住宅の地域は現在のKowloon Walled City Park(九龍城寨公園)ではないかと考えてみました。 」(カッコ内太字は学芸員K)

 がズバリ正解ではないでしょうか!? 

 でも、ただどの写真にもあの「九龍城砦」の固まりらしきものは見えません。上手くカットされているのか、それともまったくの見当違いなのか......。」 不思議ではあります。

 でも、これが正解のように思えますがどうでしょうか?

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 もともとは、こちらの記事の「スライドの夜景写真に切妻屋根の低層建築群が暗く写っています、昔は団地じゃない住宅地が香港の都市部にあったのでしょうか。」という私の素朴なギモンです。

 そのあとのこの記事と、この記事(續集)からの続きです。

 續集の記事へのコメントで、夜景写真の右端にあるひときわ明るいネオンのビル(屋根部分が凸凹)と同じものがカラー写真のやや右よりの部分に水色?のビルで見えます。夜景写真のほうは上部にネオンサインで文字があるようにも思えるのですが...。一見映画館のようでもありますよね?」

 というコメントをされました。(文中太字は学芸員K)

 そこから検索していったら、「うわ!」という手がかりがつかめました。

 まずは見比べやすいように、もう一度3枚の写真を載せます。便宜上【モノクロ写真】【スライド写真/夜景写真】【カラー写真】と名前を付けました。

 old-kaitak1-akamaru.jpg  【スライド写真/夜景写真】slide-10-aomaru.jpg  【カラー写真】old-kaitak2-aomaru.jpg 私も青丸のビルは映画館ではないかと思いました。

 映画館は香港の消防法か何かで防災上、角地に建てなければなりませんが(シネコン全盛の今は知りません)、この建物も角地に建っているようです。2面が道路に面していて、夜景写真をよく見るとそのうち右の面には映画館特有の大きな看板がかかっているようにも見えます。

 で、私の持っている一番古い地図「1991年版 香港街道地方指南」でこのあたりを見ますと、九龍城地区に「國際戲院」というのが載っていました。

 「國際戲院」の載っている位置が、写真の青丸のビルとは場所が違うように思いましたが、念のためGoogle香港で「國際戲院」で検索してヒットしたページに行きました。すると、國際戲院の載っている同じにページで、いきなりこんな写真が現れたのでビックリしました。

 これ......。

ryujou-theatre.jpg
 このページ:
 http://www29.discuss.com.hk/viewthread.php?tid=8592707&page=5&authorid=2096721

 これはまさに夜景写真の青丸のビルと同じではないですか!

 蓮花さんが推測されたとおり、映画館で当たりでした。
と指摘されたところには、「城龍」(あるいは右から読むなら「龍城」)とあります。

 そこで、手元にある「香港影視業百年」という本を見ました。このなかに、1968年当時の香港の映画館の住所や創業年や座席数の載った表があります。

 この表に「龍城戲院」というのが載ってました。

 1948年の開館で、当時の香港の映画館としては座席数は少なくて700席、粤語片(香港映画)を上映する映画館です。

 で、住所が「九龍城獅子石道」となっていました。しかし、この本は、いままでいくつか誤記が散見されたので、念のため「龍城戲院」で検索してみました、すると龍城戲院の開館を伝える新聞広告がありました。

ryujou-ad.jpg引用元:
http://www4.uwants.com/redirect.php?tid=5256353&goto=lastpost
(こっちでは「1952年」開館となっています......)

 たしかにこれを見ると、上の方に「獅子石道」という文字が見られます。(「龍城戲院之雄姿」のイラストが写真のとは違いますが、おそらく写真に写っているのは改装されたものなのでしょう)

 これで、「龍城戲院」で「獅子石道」に面していることがわかりました。

 問題は、写真に見られる、角地に立つこの龍城戲院の面した道路のどちらが獅子石道かということです。

 この夜景の写真を見ると、龍城戲院の前の道路をはさんでその前面が低層建築物のエリアとなっています。

 エリア特定のゴールまであと一歩か?


 追記1:龍城戲院(Loong Shin Theatre)、こういうのもありました。
 http://cinematreasures.org/theater/22255/

 これを見るとやっぱり1952年オープンとなっています(あの本、また誤記か?)、そして1957年9月に改築され、1973年1月に閉館ということです。

 ということは、夜景の写真に写っている龍城戲院は新聞広告のイラストとはデザインが違うから改装後だと思われますので、それから考えるとこの写真は1957年9月以降の撮影で、さらにネオンが灯って営業していることから1973年1月以前の撮影ということになります。
 

 追記2:スライド写真の青丸の部分を大きなサイズでスキャンし直しました。写真をクリックすると拡大します。

ryujou-closeup.jpg  角のてっぺんのネオンサイン、「城」の文字が読み取れます。
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 この記事からの続きです。画像を貼ったほうがわかりやすいので記事にします。
  (記事のタイトル「2枚」から「3枚」に変更しました(笑))

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蓮花

確実ではないのですが、3枚の写真に同じビルらしきものが見えます。

白黒写真の右端にある、この写真ではひときわ大きなビル。7階建てでしょうか。角が丸いくらいしか特長がありませんが。

夜景写真だと左側で、左隣が高いビルになっています。

カラー写真だと写真中央よりやや左下のあたり。やはり高いビルに囲まれて、手前にもビルがあって余計に見づらくなっています。

この3つのビルが同じだと仮定すると、このビルが建っているブロックと、その向かいのブロック(写真だといずれも手前側)が明らかに違うエリアになっています。

そこでこのビルが面している道はCarpenter Rdで、低層住宅の地域は現在のKowloon Walled City Parkではないかと考えてみました。 ただどの写真にもあの「九龍城砦」の固まりらしきものは見えません。上手くカットされているのか、それともまったくの見当違いなのか......。

この仮定だと阿郎さんの書かれている「樂富の南側のキリスト系の墓地」がカラー写真の墓地だとしてもおかしくないような気がします。(グーグルの航空写真で確認しているだけですが)

手持ちの資料では「九龍城砦」の周辺部は既に何もないようになっているものしかない(1980年代後半)ので、このあたりがどんなだったかが想像できません。この仮説の検証をどなたかしていただけると嬉しいです。

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 その同じビルに赤丸を付けました。(クリックすると拡大して見られます)

old-kaitak1-akamaru.jpgslide-10-akamaru.jpgold-kaitak2-akamaru.jpg
 赤丸つけたビル、合ってるかな?(3番目のカラー写真の丸合ってますかね)

 蓮花さん、手がかりありがとうございます。
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 「香港おみやげスライド」のNo.10に写っている大昔の啓德空港。

slide-10.jpgのサムネール画像old-kaitak1.jpg
old-kaitak2.jpg
 モノクロ写真のほうは別のサイトで1960年代の撮影だと説明されているそうです。

 モノクロ写真が説明のとおり1960年代だとすれば、この頃はまだ空港のすぐ近くまで低層の建物がたくさんあったということになります。

 それが下のカラー写真では、ビルに建て換えられているようにも見えます。同じエリアなのかはっきりしませんが......。もしかしたらモノクロ写真の低層建築群は、カラー写真では左に見える墓地の山の向こうにあるのかもしれません。

 皆さんにはどう見えますか。
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 前回の続き。No.10です。写真をクリックすると拡大して見られます。(通しでご覧になりたい場合はこちらをクリック→ココ

slide-10.jpg 「No.10
  香港啓德國際機場夜景
  飛行場の夜景
  NIGHT VIEW OF AIRPORT.」

 1998年に閉鎖された今はなき啓德空港です。

 このスライドを見て最初に不思議に思ったのが、手前の建物群。向こうのビル群と塗り分けたように黒く沈んでいますが、勾配のついた屋根の低層の建物がたくさんあります。香港の都市部にこんな切妻屋根の建物が集中していたところがあったというのが意外です。

 住宅地なのでしょうか。団地じゃない住宅地が香港の都市部にあったのでしょうか。

 今回紹介している香港おみやげスライドはそれぞれ撮影された時代が少し異なりますが、このNo.10は何年に撮影されたものかたいへん気になります。

 この写真はちょっと調べたくなってきました。
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 前回からの続き、今回は<No.9>。傷がいくつかついていたので修正しました。写真をクリックすると拡大します。

slide-09.jpg スターフェリーの尖沙咀の碼頭です。スライドのタイトルは

 「No.9
    天星碼頭中環夜景
   スタ-フ工リ-の夜景
   NIGHT VIEW OF STAR FERRY.」

 フェリーの「ェ」が漢字の「工」になっています。スターやフェリーの音引きも「ー」ではなくハイフン「-」となっています。

 これは私が2006年に撮った写真です。

starferry-pier.jpg スライドと比べると青い矢印のところ、「CENTRAL,WANCHAI」が追加されています。

 行き先の2つを書き足したのでしょうが、ちょっと蛇足な感じもします。

 九龍サイドから香港島に行く、ということなんだから、単に「THE "STAR" FERRY  TO HONG KONG」だけのほうがずっとカッコよかったのにと思ってしまいます。

 (いまはもうなくなってしまいました、中環の旧碼頭の建物のどこかに「THE "STAR" FERRY  TO KOWLOON」と書かれてあったのでしょうか。私は記憶にありません)

 あと、屋根のところに、いまではエアコンの室外機が置かれています。それと矢印の左下には侵入を防ぐための扇子状のネズミ返しのようなものも付いてしまいました。こうして見比べると碼頭ひとつとっても昔のほうがシンプルでやっぱりいいです。

 スライドに写っている香港島の夜景のネオンサインを見ると、識別できるのは、「Mercedes Benz(メルセデス・ベンツ)」、「Sun Miguel(サンミゲル)」、「SANYO(三洋電機)」。

 SANYOの左にあるのは、白くとんでますが右の文字が「Y」の形なのでおそらくで「SONY」ではないかと思います。さらにいちばん左の端っこは、欠けていますが「味の素」ではないでしょうか。

 また、これらに混じって「GRUNDIG」というのが見えます。

 GRUNDIGとは見慣れない名前なので検索したら、ドイツの家電メーカーでした。「グルンディッヒ」というらしい。<メーカーサイト> <ウィキペディア>

 家電王国日本で売られている日本以外のブランドの欧米の家電製品といえば、私は一部のオーディオやコーヒーメーカーやシェーバー、最近では掃除機くらいしか頭に思い浮かびませんが、「世界のショールーム」と言われた香港ではスライドの写真の1960~1970年代頃はドイツはじめ欧米の家電メーカーなどもたくさん上陸していたのかもしれません。

 そういえば、初めての香港(1986年)で私が泊まったフォーチュナホテルの部屋のテレビが、ドイツ(当時西ドイツ)の「テレフンケン」のでした。たまたま何かの本でこのメーカーのことを知っていたので、初海外の私は「やっぱり日本とは違うんだなあ、外国に来たんだなあ!」と感激しました。

 たまたまきょうの朝日新聞朝刊の9面アジア欄に、「電飾、中国勢隆盛」と題して香港島のネオンサインについての大きな記事が出ています。かつては日本企業が香港島の電飾の主役だったのに、今では、尖沙咀から識別できる看板は、日本企業の6社に対して中国勢は14社らしいです。うーむ。日本企業、減った。

 記事によると、このネオンサインの看板、「好立地だと場所代は年1500万香港ドル(約2億円)前後」とのことです。

 私は日本のメーカーの看板を見るのが好きだったので、日本企業の看板が少なくなったのはちょっと寂しいです。

 ところで、ネオンサイン、今ではネオンじゃなくてLEDを使っているのかもしれません。
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 前回に続きまして「香港おみやげスライド」のNo.8です。

slide-08.jpg
 「No.8
  九龍彌敦道夜景
  香港銀座の彌敦道
  NIGHT VIEW OF NATHAN ROAD, HONG KONG」

 これは私にとっては貴重な1枚。なぜなら、ここに写っている「富都」のネオンサインのホテル、今はなき「富都酒店(フォーチュナホテル)」は、私が香港で最初に行ったときに泊まったホテルだからです。

 このホテルはすごく気に入って、結局、次の香港でも、その次の香港でも泊まり、合計37泊もしてしまいました。

 この写真は、おそらく下の地図の加士居道と彌敦道が交差するあたりから南に向かって撮影されたものだと思います。

 写真左の「National」のネオンサインは、地図で赤いバウヒニアの花のマークが付いている「Kowloon Lands Dept」のあたりにあったのではないでしょうか。

 富都酒店は宏利公積金大廈のところに建っていました。


大きな地図で見る


 と、まあそういうことで、このスライド<No.8>に、思い出の富都酒店が写っていたので最初見つけたとき私は「おお!」と驚きました。

 が! なんだかこの写真、なんだか以前見たような気が......。

 当ブログ内を検索してみたら、ゲストの天星小輪さんが、以前別の方がブログにこの写真を載せていることを紹介してくれたのでした。天星小輪さん、忘れてました、すみません。

 その方のブログは、他の2名の方といっしょにコラボ企画でそれぞれが持っている「香港おみやげスライド」を紹介しているのでした。1名は私も存じ上げている方で持っておられるスライドも一緒!

 また、さらにその方のお仲間が、私の持っているスライドとは別のスライドのようですが、すでに私と同じように退色した香港おみやげスライドを修正してブログに載せておられます!(リンクは張らないでおきます......。ご興味があれば「香港 お土産 スライド」などで検索してみてください)

 私のやってることは少し遅かったのでした......。

 でも、めげずにこれからもアップします。

 ところで、「National」の香港での中文名が、なぜ意訳でも音訳でもない「樂聲牌」と表記されるのか、以前読んだ「同じ釜の飯 ナショナル炊飯器は人口680万の香港でなぜ800万台売れたか」という本に載ってましたので、別の機会に書きます。
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 押し入れで眠っていた香港おみやげスライド、今回は4枚スキャンしました。では、前回のNo.3に続いてNo.4から。退色やコントラストなどは画像修正ソフト(Photoshop Elements)を使って自己流で修正。いずれも写真をクリックすると拡大して見られます。

slide-04.jpg タイトルは
  「No.4
  銅鑼灣夜景
   銅鑼湾の夜景
  NIGHT VIEW OF CAUSEWAYBAY. HONG KONG」

 手前と奧がぼやけているためか、私にはなんだかミニチュアのジオラマのようにも見えます。奧に小さく見えるのは、ぼやけてますが「Canon」のネオンのようにも見えます。

 
 No.5も夜景です。

slide-05.jpg  「No.5
  跑馬地北角夜景
   快活谷の夜景
  NIGHT VIEW OF HAPPY VALLEY. HONG KONG」

 ハッピーバレーは中文では「跑馬地」のほか「快活谷」とも書きます。拡大して見ると、三菱のマークと、「大丸」「DAIMARU」のネオンサインが見えます。大丸は1960年、日本のデパートとして香港に一番乗りしました。しかし、1998年に閉店しました。


 次のNo.6も夜景。

slide-06.jpg 「No.6
  香港仔海鮮舫夜景
  アバディーンの夜景
  NIGHT VIEW OF ABERDEEN.HONG KONG」

 このころはまだ香港仔に水上生活者がたくさんいたと思います。


 次のNo.7もまたまた夜景。

slide-07.jpg 「No.7
  九龍半島夜景
  九龍半島の夜景
  NIGHT VIEW OF KOWLOON PENINSULA.」

 拡大して見ると「YASHICA」のネオンサインが見えます。時代を感じます。

 探してみたらありました。オマケ。これは私が1986年に撮ったその「YASHICA」のネオンサインのあたりの写真です。

yashica_aiwa.jpg こうしてスキャンしてみると、No.4や5はまあまあなんですが、No.7は何にポイントを置いて撮ったのかちょっと???です。まあ私の撮った上の写真も何でこんなもの写したのかサッパリわからない写真なのでエラそうに言えないのですが(笑)。(この写真は、初めての海外旅行で香港にやって来て、街に日本のメーカーの看板があるので嬉しくて撮った、ということです)

 <No.1>から夜景が続くんで、ちょっと飽きてきました(笑)。

 まあでも、いずれにしても、建っているビルの様子が今とは全然違うことがよくわかります。
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slide-03.jpg
 「香港おみやげスライド」の第2弾、前回に続き「No.3」です。写真をクリックすると拡大して見られます。

 このスライドはぜんぶで40枚セットですが、なぜか「No.2」「No.11」「No.35」が欠番となっています。その代わりに「ナンバーなし」のものが3枚入っています。「ナンバーなし」は最後に回すとして、まずは番号順にアップしていくことにします。

 ということで前回の「No.1」に続いてこの「No.3」。

 タイトルは
 「香港九龍夜景
  香港と九龍百万ドルの夜景
  HONG KONG -"THE PEARL OF ORIENT" BY NIGHT」

 日本語と英語のタイトルはNo.1と同じ。

 山側(山頂(ピーク)?)から見た夜景です。No.1と同じく画像修正ソフトでコントラストと退色を修正してみましたが、もう少し黒い部分を青っぽく修正したかったのですがうまくいきませんでした。

 スライド「No.1」にはなかったジャーディンハウスビルが右に写っていますので、1973年以降の撮影ということになります。このスライドセットに入っている写真は、撮影した時期がそれぞれ違うようです。

 電光掲示の広告がふたつ。日本ビクターの海外ブランド名「JVC」とロレックスのディフュージョンブランド「TUDOR」が写っています。「JVC」は反転しているので裏側(海側に向けた広告)だとわかりますが、「TUDOR」は正立で読めます。たいていの電光掲示の広告は海側に向けていると思いますが、この「TUDOR」はピークから街を見下ろす観光客に向けての広告なのでしょうか。裏側には海側へ向けた電光掲示があるのでしょうか。(どうでもいいことですが......)

 当時も今も、香港の夜景は100万ドル。でも、この写真の当時の夜景が100万ドルなら、今の香港の夜景は数億ドルではないでしょうか?
WEB拍手
 下の記事で書きました「香港おみやげスライド」をスキャン。その1。

 もともとのポジプリントがあまり良くなかったのかコントラストが甘く、また年月の経過で退色もかなりしていました。そこで、画像修正ソフトのPhotoshop Elementsでコントラストや色を調整して修復してみました。

 写真をクリックすると大きな画像が見られます。

slide-01.jpg スライドNO.1のタイトルは

slide-01mount.jpg「香港九龍夜景全景
  香港と九龍百万ドルの夜景
 HONG KONG - "THE PEARL OF ORIENT" BY NIGT」

 となっています。

 建っているビルを見ると香港上海銀行が旧ビルです。現在のあのビルは1983年から2年にわたって建築されたそうなので、この写真は1983年より以前の撮影ということになります。また、マンダリンオリエンタルホテルが見えるので1963年よりこっちということになります。

 各ビルの有無を詳しく見ていけばいつ頃の撮影かもっとはっきりわかると思いますが、ビルの埋まり具合からみて1970年代という感じではないでしょうか。私は1970年代半ばではないかと思っています。

 ところで、検索してみると、「香港おみやげスライド」の写真をスキャンしてすでにブログにアップされている方々がおられます。先を越された!(笑)。そこで、当ブログでは、一歩進めて「退色した古い香港おみやげスライド写真を高度な技術により(ウソ)修正・修復して現代に色鮮やかによみがえらせる」、をテーマとすることにします。

 不定期ですが気が向いたらそのつど載せます。

 【追記】よく見ると上の写真にはマンダリンオリエンタルホテルの向こうにジャーディンハウスのビル(窓が円い高層ビル)がありません。このビルは1973年オープンなので、写真は1973年より以前、あるいは、建築途中の様子もなさそうなので1972年、1971年より以前の撮影かもしれません。ということで、1963年オープンのマンダリンオリエンタルホテルがあって1973年オープンのジャーディンハウスが建っていないので、1963年~1973年の間の撮影と思われます。
WEB拍手
slide-set.jpg
 休日恒例の収納整理をやったらこんなものが出てきました。

 香港のスライドとそのスライドを見るためのビュアーです。カミさんが親せきのおじさんから香港旅行のおみやげにもらったというものです。

 かつての香港旅行みやげの定番だったのか、この香港スライドセットを「親せきのおじさんからもらった」というのはよくあるパターンのようです。親戚のおじさんというのがミソで、なぜかお父さんではない。親類のなかでも羽振りのいい「おじさん」が一発奮起してツアー旅行で香港に行き、ガイドに案内されたおみやげ屋さんで親せきのために買った定番みやげ、というのがスライドということなのでしょうか。

 カミさんはこれを嫁入り道具のひとつとして持ってきたらしく、このスライドがなぜかカミさんの実家ではなくウチの押し入れで長い間眠っていました。

 今回初めて中身を見てみました。

slide-mount.jpg スライドは2箱あって全部で40枚。タイトルを見ると夜景が多いようです。

slide-parts.jpg
 ビュアーをばらしてみました。というより、ばらすつもりはなかったのですが、さわっていたら自然にバラバラになってしまいました。すごくシンプルな造りです。スライドを差し込んだらバネが線にさわり、電球がつく仕組みです。電池を入れてみましたが電球が切れているのか点灯はしませんでした。

 ところで、ビュアーにある「KELAYNA」って、なんのことでしょうか。このスライドのオーナーであるカミさんは、「これは日本語の『綺麗な』じゃないのかな」と推測しました。

 Googleでためしに「KELAYNA」で検索したがヒットせず。香港のことだし、「綺麗な→KELAYNA」もありそうな感じです。

 手持ちのスキャナでスキャンして綺麗なスライド40枚を見てみようと思います。
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香港クレージー作戦
1963年 東宝映画

得閒飲茶 ill call you
2006年 Focus Films

BLADERUNNER
1982年 Ladd Company

Enter the Dragon
1973年 Warner Bros.
Concord Pictures

Rosa
1986年 Boho Films

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