【へぇ~、そうだったの!?】の記事

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 愛車フェラーリF430が予期せずどうにも気難しいやつだったので、まだ新車で6ヶ月しか乗ってませんが予定より早く手放すことにしました。次は久しぶりにマセラティにでもしようかな、マセラならクアトロポルテはどうだろうか、でも新型が年内にも日本に上陸しそうだし、ちょっと様子見かな、と情報収集のためコーンズのサイトを見てみました。

 コーンズは、正式名称「コーンズ・アンド・カンパニー・リミテッド」、フェラーリやマセラティのファンの方なら、もう説明不要、日本の正規輸入代理店として、古くからこの2車はじめロールスロイスなども輸入している総合商社です。都内の青山や世田谷はじめ各地にショールームを持っています。(写真は名古屋のショールーム)

 で、きょう、コーンズのサイトを見たら、トップページに新型ロールスロイス・ファントム・クーペの告知がありました。価格は4998万円。なあんだ5000万円を切るじゃないか、これは意外とお手ごろだ、マセラをやめて次の愛車はロールスのファントム・クーペじゃあ!と即決、で、前置きが長くなりましたが、それはともかく、ふと、コーンズのサイトの「会社概要」をクリックしました。

 すると「資本金」のところが、「香港通貨 250万ドル」、となっているじゃありませんか。

 「香港ドル? なんで?」 私は急に興味がわき、「コーンズ WIKI」でググってみました。

 ウイキペィアによれば、コーンズは戦後すぐ香港の企業に買収され、さらに1985年「九龍倉(Wharf)」に買収された、とあります。

 九龍倉は、スターフェリーやトラムの会社を所有している香港の大企業です。銅鑼灣のタイムズスクエアも所有しています。

 追記:コーンズのサイトの「コーンズの歴史」を見たら、1985年のところに、「<昭和60> Hong Kong and Kowloon Wharf Companyグループに入るが、その後独立して現在に至る。」という記述がありました。ただし香港資本であることには変わりないようです。

 あのコーンズが香港系。へえ!知らなかった~!

コーンズ・アンド・カンパニーリミテッド

コーンズ 会社概要

コーンズの歴史

ウィキペディア「コーンズ」

九龍倉集團有限公司

●関連記事:【 香港の 『へぇ~、そうだったの!? 』 その3 】
        トラムとタイムズスクエアは同じ企業グループの経営

●ご参考:フェラーリF430 (2467万5000円 〔 5000円まけて。それで和民行けるから 〕 )

      ロールス・ロイス・ファントム・クーペ (4998万円 〔 うち消費税 238万円 (うわ!) 〕 )

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 JR中央線や総武線に乗って水道橋駅と御茶ノ水駅の間を通過しているとき、車窓から見えるちょっと大きなビルがあります。左の写真です。中央線、総武線を利用している人ならいつもこのビルが目に入っていると思います。けっこう目立つ建物ですよね。

 で、このビル、「なんかあの香港上海銀行と似てるなあ」と思った人も多いんじゃないでしょうか。

 右の写真が言わずもがなの香港のセントラルにある香港上海銀行本店ビル。たくさんの新しい高層ビルがどんどん増えている今もなお、香港の街のランドマークとなっている存在です。
 
 並べてみると、たしかにちょっと似ている。「マネしちゃったんじゃないの~?(日本が)」。

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 実は似ているのには訳があって、何のことはない、ズバリこの2つの建物は同じ建築家による設計なのでした。

 東京都文京区の外堀通り沿いにそびえるビルは「センチュリータワー」といいます。

 香港と日本のこの2つのビルを設計した人はノーマン・フォスター。イギリスのかなり著名な建築家ということです。

 ウィキペディアを見たら「フォスター卿」ってなってます。「Baron」って男爵? なんか、窓に並木の紅葉が映るイギリスの大学の古い研究室で紅茶を飲みながら仲間の教授とクイーンズ・イングリッシュで建築談義をしている風景が頭に浮かびました。

 で、このウィキペディアによれば、「彼の名声を高めたのは1985年に完成した香港の『香港上海銀行・香港本店ビル』であった。建物を支えるために通常の柱や壁を使わず、建物の外側に鋼鉄フレームによる太い構造をむき出しにさせ、このフレームで超高層ビルを支えることに成功した。」とのこと。

 別のサイトによれば、センチュリータワーの施主が香港上海銀行ビルと同じ構造システムのものを望んだらしい、とあります。だから同じノーマン・フォスターに設計を依頼したということなんでしょう。

 センチュリータワーが完成したのは1991年。香港上海銀行本店ビルはそれから6年さかのぼって1985年の竣工です。

 私が最初にセンチュリータワーを見たとき、その建築年を考えなくてもセンチュリータワーのほうが香港上海銀行をマネしたように思えたのは、センチュリータワーが「香港上海銀行ほど冒険できなかったけど雰囲気を拝借した」控えめなデザインだと感じたからか。

 あとで同じ建築家の設計だと知って、納得しつつも少々残念に思いました。というのは、マネとかヒントを得たとか影響を受けたとかオマージュとかパロディとか、言い方はともかくそういう背景による別の人の設計だったほうがロマンがあって面白いから。

 この2つのビルの話、香港ファンにはすでにけっこう有名かなとも思いましたが、サイト「東京建物図鑑」さんでフリー写真が手に入りましたので載せてみました。

 ウィキペディア 「香港上海銀行 本店ビル」

 香港の 『へぇ~、そうだったの!? 』 】について

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 「知らなかった~!」

 中文のウィキペディアからたどっていってわかったのですが、香港のトラムと、銅鑼灣にあるタイムズスクエア(時代廣場)は、「九龍倉集團(WHARF)」 という同じ企業グループの経営だったんですね。へぇ~。

 これで合点がいきました。1991年、私は銅鑼灣にあるトラムの車庫を見学してみようと、1984年版の香港のガイドブックの地図をみながら行ったのですが、結局それらしきものが見当たりませんでした。私は道を間違ったのだと思ってあっさりあきらめて帰りました。

 ところがそのあと現地で買った地図 「香港街道地方指南」 を見たら、同じ場所のところにトラムの車庫はなく、その代わりに 「時代廣場(興建中)」 と書かれていました。
 それがのちのタイムズスクエアです。

 要は、自社グループのトラム会社の車庫をつぶして、その広い跡地にあの大きな商業ビルを建てた、というわけです。

 この企業グループ九龍倉集團のサイトを見ると、「有線電視企業公司」も所有していることがわかりました。ケーブルテレビです。これでまた合点がいきました。というのは、タイムズスクエアのビルの前の広場では、大晦日の夜、有線電視の番組として新年カウントダウンのイベントをやっています。一度だけ参加したことがあります。同じグループだからここでイベントをやっていたんですね。

ウィキペディア 香港電車
九龍倉集團
http://www.wharfholdings.com/index_c.asp
香港電車有限公司 (このサイトは楽しいです)
http://www.hktramways.com/b5/home.html

 ちなみにスターフェリーもこの九龍倉集団の企業です。

 銅鑼灣のトラム車庫は、時すでに遅く入ることはできませんでしたが、それからかなり経って、上環のトラム車庫は念願かなってちょっとだけ見学させてもらいました。そこでは車体広告の製作や、ボディの鉄板を全部引っぺがして骨の状態にして車両のメンテナンスをやっていました。その見学記はまたいずれ機会があれば書きます。

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 「知らなかった~!」

 『香港読本』(山口文憲選・福武書店・1989年1月19日刊)という本をあらためて読んでみたら、最後の解説で、以下のような記述がありました。

  「(前略)その後、敗戦までの約三年半、日本は香港をその支配下におく。あのペニンシュラホテルは『九龍東亜ホテル』になり、あの英系デパートのレーン・クロフォードは、『松坂屋』とその名を替えた。(後略)」(P.180 太字は学芸員Kによる)

 ペニンシュラが東亜ホテルに改名されたのはどこかで読んだことがありますが、レーン・クロフォードが松坂屋に改名されていたとは知りませんでした。

 ところで、第二次世界大戦中、日本が香港を占領していたのは3年8ヶ月です。香港では、単に 「3年8ヶ月」 というだけで、それは日本軍の香港占領を意味します。

 松坂屋は戦後、香港に再び支店を置きましたが、それも今はありません。

 ちなみに今年の10月、83年の歴史を誇る映画館、皇后戯院がその幕を閉じますが、この映画館は戦時中は「明治劇場」という名前に替えられていました。(ご参考

 香港占領時代の、日本名への改名がほかにどんなものがあったのか調べてみたくなりました。

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 「知らなかった~!」

 1998年、これまで九龍城の海側にあった啓徳(カイタック)空港(香港国際空港)に代わって、ランタオ島北岸のチェクラップコク島に新香港国際空港が開港しました。
 空港の移転の理由は、啓徳空港が慢性的な過密状態だったことはもちろん、香港の中国への返還を控えた中英それぞれの政治的思惑、そして香港の空港をアジアのハブ空港にするための経済的な戦略など様々な背景があったわけですが、新空港の建設計画にあたっては、その代案として啓徳空港の拡張という案もあったということです。

 『もっと知りたい香港 第2版』にはこのような記述があります。

 「南Y島西沖合案、啓徳空港拡張案との比較で決定された新空港はこれまでのような都市の心臓部に抱え込んできた啓徳空港とは異なり」(...後略。太字は学芸員Kによる)
                                (可児弘明編 弘文堂 1999年刊 P.109)

 考えてみれば、手間ヒマとお金のかかる移転ではなく「既存の空港の拡張」という案があったのは、当然といえば当然。それにしても、もし啓徳空港拡張案が移転案を押しのけていたとしたら、今でも香港へ到着するときにあのスリルが味わえたんですね。

 観光客の我がままで勝手な郷愁だというのは承知しているのですが、現在の新香港国際空港よりも、啓徳空港のほうが断然おもしろかった。香港へのアプローチで啓徳空港にランディングするのは、香港詣での毎回冒頭の儀式でもありました。映画のクレジットタイトルみたいなもんです。「スターウォーズ」の最初に高らかに流れる20世紀フォックスのファンファーレみたいな。

 ―――シートベルトのサインが出て機体が下がり、雲が切れた瞬間、眼下にいきなり現れる灰色にくすんだビルの海。そのビルの間を縫う道路にはバイリンガルの路面表示 「SLOW 緩慢」 。「ああ、また香港に来たなあ」。走るクルマの車種までわかる超低空飛行。翼を見るとフラップがせわしなく小刻みに動いていよいよ「香港カーブ」と呼ばれる右急旋回。ここから本番。これがジェット機の挙動とは思えぬほど大きく傾く機体。右窓際席ならば、自分の肩越し真下に迫るのは雑居ビル屋上。その屋上の物干し竿にかかる無数のシャツやくつ下。機体はなおもグングン下がり、街行く人のネクタイの色までよく見える。屋上から突き出たアンテナを引っ掛けるんじゃないかとお尻がムズムズするが、機体はお構いなしになおも高度を下げ、ついにはほとんど目線の高さとなった街並みが、ふと窓から消えたと思った瞬間、間髪をいれず座席に伝わる着陸の衝撃。窓には湾を挟んで香港島の高層ビル。滑走路横に立つ巨大広告看板、中国たばこ・ダブルハピネスとマルボロがようこそ、とお出迎え。―――

 書いてて、ひとり興奮してクサイなあと思いましたけど、ご容赦のほど。とにかく、かくも忙しい啓徳空港への着陸に比べると、現在の新空港へのアプローチは落ち着いていてサイレントな雰囲気。着陸するときに窓から見える様子は成田空港にどことなく似ています。新香港国際空港は世界でも有数の巨大空港ですから、香港ファンとしてはこの新空港が誇らしくもあります。でも、やっぱり啓徳空港のあのイベント性の高さにはかないません。

 啓徳空港があった頃、学芸員Kは機上の人から今度は通行人のひとりになって、あの爆音を聞きに九龍城へ何度も足を運びました。機体が通過する真下のマンションの屋上に上って、降臨する金属の腹にさらに近づいたこともあります。このエリアに住んでいる人々にとっては迷惑この上ない(慣れっこになっていた?)ジェット音ですが、観光客の学芸員Kとっては香港の楽しいアトラクションのひとつでした。

 その真偽は知りませんが、かつて、トラムが廃止される話が持ち上がったとき、香港観光協会(現香港政府観光局)が反対したと聞いたことがあります。空港移転も反対してほしかったなあ。観光局は移転には大歓迎だっただろうけど。

 啓徳空港は今思えば、まことにもって香港らしい、香港という都市を象徴するような空港でした。

 そうか、啓徳空港拡張案というものもあったのか! 知らなかった!

 「香港カーブ」で検索すると、詳しく解説した航空ファンの個人サイトがいくつかあります。パイロットの座席から見たカーブの最中の景色の写真も見ることができます。ぜひ検索の上、見てみてください。

 【 香港の 『へぇ~、そうだったの!? 』 】について
 

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 このブログ「香港つめホーダイ」で、【 香港の 『へぇ~、そうだったの!? 』 】というのを始めます。

 【 香港の 『へぇ~、そうだったの!? 』 】 とは何か? それは、まあ、ありていにひと言でいうと、香港ウンチク、「香港トリビア」 です。

 ネタ元は、香港関連の本です。学芸員Kが電車の中などで香港関連の本を読んでいて 「へぇ~」 と思ったネタを、アトランダムに取り上ます。ネタ元として参考にした(あるいは引用した)書籍名とその掲載ページはわかりやすく明記します。また、記事中で、文章をそのまま引用した場合は、その引用文は 「 」 でくくります。中には学芸員K自身が自分の経験で知ったものや、香港人の知人から聞いたものもありますので、その場合はそのことを明記します。

 ネタによっては、すでに皆さんが知っているものもたくさんあるとは思いますが、香港ファンにはすでに常識になっていても、とにかく学芸員Kが「へぇ~」と思ったことを基準に取り上げて行きます。学芸員Kが初めて知ったネタは記事本文の冒頭に 「知らなかった~!」 を付けます。

 すでに以前から学芸員Kが知っているネタでも、みなさんにちょっと伝えたいな、と思ったことも記事にします。その場合は冒頭に 「みなさん、知ってました?」 を付けます。

 この【 香港の『へぇ~、そうだったの!? 』 】は不定期掲載です。香港の本を読んだり、人から聞いたりして、「へぇ~」というのが出てきたら、そのときにアップします。

 まあ、そんな感じで、あくまで不定期、学芸員Kが香港の 「へぇ~、そうだったの!?」 というのにでくわしたときに、記事を書きますんで、ヨロシクおねがいします!

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