その5からのつづき。 最初から読まれたい方は
こちら 私を見る、満面の笑みのユン・ピョウ。
休憩中ではあるが慌ただしく次のシーンの撮影のために仕事をするスタッフ。セットのど真ん中でただひとり緊張する私。
そんな中で私はユン・ピョウに握手をしてもらいました。
私は彼に
「日本でアナタの出演した『プロジェクトA』や『大福星』を観ました。面白かったです」
ということを伝えようと思いました。
握手をしてもらいながら、どう言おうか考えました。
というのは、
『プロジェクトA』は、『PROJECT A』がこの映画の公式英文題名(中文原題は「A計
劃」)なので、そのまま「プロジェクト・エー」と口にすればいいのですが、
しかし『大福星』は日本の配給会社が付けた邦題です。原題は違います。
この映画の原題は
『福星高照』です。
私はラッキーにもその原題『福星高照』を覚えていました。なぜ覚えていたかというと、この映画のビデオをダビングしてラベルを貼るとき、香港に1度も行ったことがないのに香港かぶれだった私は、ラベルに邦題ではなくこの原題を書いたのです。だから記憶に残っていました。
そこで私はとっさに考えました。
「『大福星』と言ってもユン・ピョウには分からない。『福星高照』と言えばいい」
よし、いくぞ!と、瞬時に判断して、私はカタコトの英語で言いました。
「ニホンで、ワタシは、アナタのエイガ、ミマシタ。
『プロジェクト・エー』、エーンド、『フクセイコーショー』!」
「ハイ、ハイ」(笑)。 と、満面の笑みのユン・ピョウ。
やった。
でもですね、「福星高照」を
「フクセイコーショー」と日本語読みで言ったって彼に通じるわけがないのです。
あとでこのやりとりを録音したテープをホテルに戻って聴き直して、私はそのことに初めて気がつきました。
いま思えば、当時プロモーションで何度も日本に来ていたユン・ピョウですから、日本の題名の「ダイフクセイ」と言ったほうが通じたかもしれません。
しかし、私の「フクセイコーショー」に「ハイ、ハイ」とうなずき満面の笑みのユン・ピョウ(笑)。私のカタコト英語、聞いてなかったのか......。
とにかく、短かったですが、ユン・ピョウと私のコミュニケーションは終了。
できれば彼にこう伝えたかった。
「アナタのアクションは最高だ。脚のキレがイイ、動きが本当にスマートだ。あなたは真のアクションスターだ」......。
彼のアクションは実際、ジャッキー・チェンよりもずっとシャープですよね。
カタコトで伝えられたかもしれないが、でも、やっぱりそのときは胸がいっぱいだったのだろう。言えなかった。
私はバッグから旅日誌を出してサインをしてもらいました。公園のベンチで書いたりするため旅日誌をいつも携行していたのです。

彼はしゃがんで、箱か何かに日誌を置いて、サインを書いてくれました。するとそれを覗き込んだスタッフが広東語でユン・ピョウに何やら指摘しました。
スタッフはどうやら日付けの間違いを指摘したようです。
86年3月8日のところを、彼は「7.4.86」と書いてしまいました。
ユン・ピョウはニコニコしながら、
「ダ、メ! 」とカタコトの子どものような可愛らしい日本語で言って、「4」のところにバッテンを付けてその下に「3」を書きました。
これらのやりとりはテープに録音していました。
でもそのテープを聴かずとも、私は今でも頭の中でユン・ピョウの「ダ、メ!」の声をはっきり再生することができます。
とにかく、ユン・ピョウは、終始ニコニコしていました。
別れ際にタイさんが残した言いつけ(「ユン・ピョウで10分ね」)を守り、撮影のジャマをしては悪いと思い、私はユン・ピョウにバイバイと言ってスタジオを出ました。
よかったよかった。
「あ、写真撮るのを忘れた!」と気づいたのはスタジオを出てから。緊張して忘れてしまいました。
で、どうしたか?
私は、次の日、3月8日もまたゴールデンハーベスト・スタジオに、今度はアポなしで行ったのです。 以下は、時間が飛びますがあくる日の8日のことです。
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3月8日の日誌にこう書いてあります。
「今日も嘉禾影業公司に行った。ユン・ピョウの写真を撮るためだ。」 「今日は無断で中に入る。入ってすぐ近くにいた人にたずねたら、スタジオまで連れていってくれた。」 ユン・ピョウはあくる日もスタジオにいました。私をスタジオまで連れて行ってくれたスタッフらしき人は、またもユン・ピョウに取り次いでくれました。
ゴールデンハーベストのスタッフが、きのうのスタッフも、このスタッフも、そしてこのあと会うスタッフも、なぜ皆こんなに親切だったのか、いまでも不思議に思います。
で、「きのうはどうも」とユン・ピョウに近づく私。
2日続けて来てしまった私に、きのうと同じくニコニコして警戒感のまったくないユン・ピョウ。
「きのうは写真を撮るのを忘れました。撮っていいですか」と言いました。
彼はきのうと同じ満面の笑みで、「ハイ!」。
彼はニコニコしながらスタッフに何か言いました。すると、スタッフが、この映画の撮影で使っている35ミリムービーカメラを運んできてくれました。
雰囲気を出すためにわざわざムービーカメラをセットの壁の前に持ってきて、私の撮影のためにセッティングしてくれたのです。
私は、ユン・ピョウの前に立ってカメラのファインダーを覗きました。
ファインダーの中には、これまで日本で私が映画やビデオで見てきた、あのユン・ピョウが、こっちを見てフレームに納まってくれている。
シャッターボタンを押して、
パチリ!

ムービーカメラを小道具にしてポーズを決めてくれるユン・ピョウ。
私が、「ワンモア プリーズ」と言ったら、彼は「ハイ!」と言いながらうなずいて、快くポーズを変えてくれました。
パチリ!

いい笑顔ですよねえ。
スタッフにカメラを渡して、ツーショットを撮ってもらいました。
セットを前にして。

お願いしてないのに、彼のほうからスタッフに「ワンモア」と言ってくれて、もう1枚撮ってもらいました(感涙)。

この2枚の写真。
お気づきですか?
二人の前にあるムービーカメラの向きが2枚目は変わっています。
私は、出来上がった写真を見てそのことに初めて気づきました。
ユン・ピョウがカメラの向きを変えて、写真に変化をもたせてくれていたのです。
ユン・ピョウって......(感涙)。
ところで、日誌を読み返してみたら、こういうことが書いてありました。
「昨日のサインに僕の名前を追加してもらった」 すっかり忘れてましたが、サインの左上の名前(ぼかしてありますが)は、あくる日に追加してもらったものでした。
おそらく私は、カタコト英語で彼に「プリーズ サイン マイネーム ヒア」とか言ったのだと思います。図々しいです。
のちに香港でレンタル落ちの中古ビデオが街中で売り出されるようになってから、私は白スーツに黒シャツ衣装のユン・ピョウがパッケージに出ているビデオを探して買いました。
「神勇雙响炮 續集」という作品でした。
本当に、ユン・ピョウはずーっと、ニコニコニコニコニコニコしていました。
あとで本か何かで読んだ記憶があるのですが、彼は奥さんのためにラブシーンは撮らなかったそうです。
ユン・ピョウって......いい人だなあ!
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以上があくる日の3月8日、訪問第2日目の話。
ふたたび7日に話を戻します。
ユン・ピョウのスタジオを出た私は、もうひとつのスタジオに行くことにしました。
ジャッキー・チェンがそこで映画を撮っているというのです。
※『大福星(福星高照)』は全編日本を舞台にした作品です。(参考:
動画56.com)
追記:探したらありました。これが「神勇雙响炮 續集」です。
ちょうど45:00のところを見てみてください。
つづく。
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