テレビでの放映は今では難しいというか不可能とされているらしいジミー・ウォング(王羽)の名作にして怪作、いや怪作にして怪作 『獨臂拳王(邦題:片腕ドラゴン)』(1972年)。(CSならやってるかもしれません)
私は一度だけテレビの洋画劇場で観ました。当時、この映画を見終わってテレビの前に呆然とたたずみながら、私はいたいけな子ども心に漠然と 「すごい映画(というかなんだか得たいのしれない文化)だなあ」 と毒気に当てられてしまいました。
一個前の記事で書きました、「北京原人の逆襲」を発見した動画サイトで、この『獨臂拳王』を見つけたので載せておきます。映画全編を観ることができます。いいのかなあ......。(夕方は映像がちゃんと流れましたが、夜はアクセスが多いのか途切れてしまうようです)
私はまったくその動向に詳しくないですけど、DVDはここにきて何年か前にやっと出ました。上の映像はDVDからのものだと思います。冒頭のゴールデンハーベストのクレジットは当時のものではありません。当時、劇場で公開されたときのオープニングはたぶんこれ(↓)だと思います。
あるいはこれ(↓)。
この『片腕ドラゴン』、タイトルや出演者のクレジットが流れるオープニング(3分30秒あたりから)のバックの音楽が、いきなりアメリカ映画(『黒いジャガー』)の音源から無断借用という、当時の香港映画ならけっして珍しくはないけど今ならゼッタイ考えられないものとなっています。私はこの「黒いジャガー」の曲が好きでサントラ盤を持っているのですが、きょう久しぶりに『片腕ドラゴン』を観て冒頭でこの曲が流れたので驚きました。
【追記】 参考:
●映画『黒いジャガー(原題:Shaft)』メインテーマ
http://www.youtube.com/watch?v=9MLjyn39SXM
●同 予告編
http://www.youtube.com/watch?v=NiCB2isZcRM
『黒いジャガー』のメインテーマはアカデミー賞の歌曲賞を受賞して
大ヒットしたということです。(そんな有名な曲を無断借用するとは!)
いま、飛ばして最後のシーンを観てみました。エンディングに流れるトランペットの音楽は、曲の雰囲気からして音源を日本映画から無断拝借したもののような気もします。(いや、どうみてもゼッタイこれは日本映画の音楽だ!)
こんな音楽の使い方以外にも、タイトルバックでストップシーンを使ったり、動きの粗いアニメーションを傍らで動かしたりと、当時の香港映画ならではの独特の雰囲気がこの『片腕ドラゴン』にはあります。クライマックスで延々と闘ったあといきなり「劇終」となってプッツリ余韻もなく終わってしまうのも香港映画ならではです。
こういう、映画の「製品」としてのディテールをみると、現在ではアメリカ映画も香港映画も日本映画も韓国映画も、雰囲気の差がほとんどなくなっているように思います。機材の発達や、特にコンピュータの導入が、各国の映画の技術の差とともに個性の差も埋めてしまったんじゃないか。1970年代はまだまだフランス映画やイタリア映画なども含め、各国それぞれの個性があったように思います。
「片腕ドラゴン」の、たとえばタイトルバックの雰囲気は、やはり当時の日本映画にもアメリカ映画にもなかった独特のものだったと思います。と、いっておきながら私は当時のたとえば東映映画などはほとんど知らないのですが......。東映のアクション映画にこのような雰囲気のものがあったのかもしれません。また、時代的にそれよりも前のイタリア映画のいわゆる「マカロニウエスタン」で、似たようなオープニングの作品があったので、香港映画がそれらに影響を受けたのかもしれないです。
1990年前後に、有楽町の西武百貨店でやった香港カルチャースクールのようなものに参加したとき、ある回が香港映画の講座でした。講師は香港映画に造詣の深い映画評論家の宇田川幸洋さんでした。
その講座で彼はモニターに映る香港映画を見せながら、香港映画の「オカシサ」について語ったように思います。
それはオープニングタイトルの雰囲気だったり、日本映画やアメリカ映画ではあり得ない展開だったりというものでした。私は宇田川さんの意見には共感しました。でもそんな「キッチュ」な雰囲気は今の香港映画ではほとんど見られなくなりました。
個人的には、香港映画がスマートになったのは嬉しいのです。でも、この『片腕ドラゴン』のような1970年代の作品や、特に私は1980年代にはまだまだ残っていた香港映画の、パワーをともなっていたキッチュさが好きです。
【追記】 香港歴史博物館に展示されていた、皇都戲院発行のチラシです。左にはブルース・リーの『精武門(ドラゴン怒りの鉄拳)』、そして真ん中に、近日上映として『獨臂拳王(片腕ドラゴン)』が載っています。
詳しくは私のサイトのコチラをご覧ください。
http://homepage2.nifty.com/hongkong/fist-of-fury.html
私は一度だけテレビの洋画劇場で観ました。当時、この映画を見終わってテレビの前に呆然とたたずみながら、私はいたいけな子ども心に漠然と 「すごい映画(というかなんだか得たいのしれない文化)だなあ」 と毒気に当てられてしまいました。
一個前の記事で書きました、「北京原人の逆襲」を発見した動画サイトで、この『獨臂拳王』を見つけたので載せておきます。映画全編を観ることができます。いいのかなあ......。(夕方は映像がちゃんと流れましたが、夜はアクセスが多いのか途切れてしまうようです)
私はまったくその動向に詳しくないですけど、DVDはここにきて何年か前にやっと出ました。上の映像はDVDからのものだと思います。冒頭のゴールデンハーベストのクレジットは当時のものではありません。当時、劇場で公開されたときのオープニングはたぶんこれ(↓)だと思います。
あるいはこれ(↓)。
この『片腕ドラゴン』、タイトルや出演者のクレジットが流れるオープニング(3分30秒あたりから)のバックの音楽が、いきなりアメリカ映画(『黒いジャガー』)の音源から無断借用という、当時の香港映画ならけっして珍しくはないけど今ならゼッタイ考えられないものとなっています。私はこの「黒いジャガー」の曲が好きでサントラ盤を持っているのですが、きょう久しぶりに『片腕ドラゴン』を観て冒頭でこの曲が流れたので驚きました。
【追記】 参考:
●映画『黒いジャガー(原題:Shaft)』メインテーマ
http://www.youtube.com/watch?v=9MLjyn39SXM
●同 予告編
http://www.youtube.com/watch?v=NiCB2isZcRM
『黒いジャガー』のメインテーマはアカデミー賞の歌曲賞を受賞して
大ヒットしたということです。(そんな有名な曲を無断借用するとは!)
いま、飛ばして最後のシーンを観てみました。エンディングに流れるトランペットの音楽は、曲の雰囲気からして音源を日本映画から無断拝借したもののような気もします。(いや、どうみてもゼッタイこれは日本映画の音楽だ!)
こんな音楽の使い方以外にも、タイトルバックでストップシーンを使ったり、動きの粗いアニメーションを傍らで動かしたりと、当時の香港映画ならではの独特の雰囲気がこの『片腕ドラゴン』にはあります。クライマックスで延々と闘ったあといきなり「劇終」となってプッツリ余韻もなく終わってしまうのも香港映画ならではです。
こういう、映画の「製品」としてのディテールをみると、現在ではアメリカ映画も香港映画も日本映画も韓国映画も、雰囲気の差がほとんどなくなっているように思います。機材の発達や、特にコンピュータの導入が、各国の映画の技術の差とともに個性の差も埋めてしまったんじゃないか。1970年代はまだまだフランス映画やイタリア映画なども含め、各国それぞれの個性があったように思います。
「片腕ドラゴン」の、たとえばタイトルバックの雰囲気は、やはり当時の日本映画にもアメリカ映画にもなかった独特のものだったと思います。と、いっておきながら私は当時のたとえば東映映画などはほとんど知らないのですが......。東映のアクション映画にこのような雰囲気のものがあったのかもしれません。また、時代的にそれよりも前のイタリア映画のいわゆる「マカロニウエスタン」で、似たようなオープニングの作品があったので、香港映画がそれらに影響を受けたのかもしれないです。
1990年前後に、有楽町の西武百貨店でやった香港カルチャースクールのようなものに参加したとき、ある回が香港映画の講座でした。講師は香港映画に造詣の深い映画評論家の宇田川幸洋さんでした。
その講座で彼はモニターに映る香港映画を見せながら、香港映画の「オカシサ」について語ったように思います。
それはオープニングタイトルの雰囲気だったり、日本映画やアメリカ映画ではあり得ない展開だったりというものでした。私は宇田川さんの意見には共感しました。でもそんな「キッチュ」な雰囲気は今の香港映画ではほとんど見られなくなりました。
個人的には、香港映画がスマートになったのは嬉しいのです。でも、この『片腕ドラゴン』のような1970年代の作品や、特に私は1980年代にはまだまだ残っていた香港映画の、パワーをともなっていたキッチュさが好きです。
【追記】 香港歴史博物館に展示されていた、皇都戲院発行のチラシです。左にはブルース・リーの『精武門(ドラゴン怒りの鉄拳)』、そして真ん中に、近日上映として『獨臂拳王(片腕ドラゴン)』が載っています。
詳しくは私のサイトのコチラをご覧ください。http://homepage2.nifty.com/hongkong/fist-of-fury.html













>1990年前後に、有楽町の西武百貨店でやった香港カルチャースクールのようなものに参加
私も参加しましたよ~。私は香港のミュージックシーンのような講座で、講師が小倉エージ氏でした。1988年か1989年前半くらいじゃなかったかと思います。
蓮花さん
蓮花も参加されたんですか~!
隣に座ってたんだったりして(笑)。
当時のパンフレットがどこかにあるはずなんですが、
たしか1週間(月~金)で5つくらいの講座があったように思います。
そうですそうです、小倉エージさんも講師でした。
私が参加したのは音楽の小倉エージさん、映画の宇田川幸洋さん、それと総合分野(?)の山口文憲さんの講座でした。
小倉さんは、講義の最後に参加者にくじを引かせて、当てた人に香港の音楽のLPレコードを進呈していましたよね。覚えていますか? 私はハズレました……。そのレコードのうちの1枚が、私がカセットテープで持っているアニタ・ムイのアルバム「壞女孩」だったことも覚えています。
箱の中に手を入れてくじを引くとき、たまたまチラッと印のついたくじが見えてしまいました。なんとなくそれを避けて引いたら、あとでその印のついたくじが当選だったので悔しい思いをしたのを覚えています(笑)。(そりゃふつう、印が付いたのがアタリですよね。なんとも間抜けでした)
アンケートで住所を書き記したからなのかよく覚えていないのですが、そのあと、小倉さんから手書きの文を添えた年賀状が来ておどろきました。つい返事を出しそびれてしまい失礼なことをしてしまったと今でもときどきそれが思い出されて胸の中がホロ苦くなってしまいます。