香港おみやげスライド<No.14>
なぜ「市民文化センター」が選ばれたのか?

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 ひさしぶりに「香港おみやげスライド」です。(前回はコチラ

slide-14.jpg  写真をクリックすると拡大します。

 スライドのマウントに表記されているNo.14のタイトルは、例によって上から中文、日文、英文で

 「No.14
  香港大會堂
  シティホール
  CITY HALL」

  となっています。

 このビルは香港の中環に行くと今でもありますので見た方は多いと思いますが、でも、見過ごしてしまっている旅行者もたくさんいるかもしれません。なにしろ普通のビルですから。

  維基百科(ウィキペディア)「香港大會堂」

 香港大會堂はいわゆる市民会館とか市民文化センターのようなところです。このビルの上の階には圖書館があって、インターネットができるコーナーがあるので私は何度か利用しました。

 ここには結婚登記所もあってウェディングドレスを着た花嫁にもよく出くわします。ウェディングドレスを着て登記=入籍したあと、横の広場で親せき友人一同と記念撮影という光景を見ます(そのまま結婚式&披露宴直行なんでしょうか)。見ているとこちらも晴れがましい気持ちになります。

 この香港大會堂は、いかにも、たしかに昔は「モダーン」だったんだろうなあ、という感じの、だから現代では逆に中途半端に古めかしくなってしまったデザインの建築物です。

 とにかく、なんの変哲もない普通のビル。市民文化センター。

 でも、なぜこんなものが外国人旅行者向けの「香港おみやげスライド」に?



 現在の香港歴史博物館ではない、かつて九龍公園にあった旧香港歴史博物館。ここに、太古から現在に至る時系列の展示物の最後のコーナーとして、戦後香港の生い立ちをいろんな音楽とともに3つのマルチ画面でテンポ良く見せるスライドショーがありました。

 「スライドショー」などと聞くと退屈で生ぬるい感じがするかもしれません。しかしこれが、なかなか見せてくれる涙モノの内容だったのです。私は当時ハマっていました。香港に行くたびに、このスライドショーを見るためだけに博物館に何度も行きました。そして私にとってはツボにはまったその内容に、見るたびに最後には本当に涙が頬を伝うのでしたが、その話はまた別の機会に...。

 で、話が長くなりましたが、そのスライドショーに、戦後の香港発展のいくつかの記憶のひとつとして、「香港大會堂 CITY HALL 完成」というようなタイトルとともにこのビルが出てくるのです。人々の待ち望んでいたものがついに出来ました、という感じの紹介......。


 たぶん当時の香港にとって香港大會堂は、戦後発展してゆく香港の街のちょっとしたシンボルだったのではないか。自由放任主義というの名の植民地政策のもと、福利厚生の加護のきわめて薄いイギリス領香港の市民にとって、この「市民文化センター」は都市の近代化を象徴する特別な存在だったのではないか。

 ということでこの香港大會堂は、「わが町自慢の建物」だった、だから100万ドルの夜景に並ぶ香港名勝のひとつとして、外国人旅行者向けのおみやげスライドに誇らしく加えられた、と私は勝手に踏んでいます。



 ウィキペディア香港版を見るとこの香港大會堂は「1962年落成」とあります。そう言われるとたしかに1960年代らしいデザインです。

 1962年といえば中環にもまだ高層ビルがひとつも建っていなかったのではないでしょうか。

 だから当時はこのビルはきわめて目立っていたと思います。1980年代半ば頃の香港上海銀行本店ビルのような存在か?

 そういえば2ヶ月まえにDVDを借りて観た、1962年製作の東宝映画『社長洋行記』にも、シネスコの画面に、しっかり、意識的に、このビルが背景として出てきます。

 これ。(写真をクリックすると拡大します)

keiju-hall.jpg 小林桂樹扮する秘書課長が中環の旧香港上海銀行本店ビル前を歩いていると、かつて香港人留学生だった大学時代の後輩とバッタリすれ違う。おや、と振り返って画面が切り替わり、その背景には香港大會堂。

 秘書課長 「あれ? やあ! リュウ君じゃないか!」

 という場面です。


 維基百科を見ると、香港大會堂は「1962年3月2日落成開幕」となっています。一方、『社長洋行記』は、同じくウィキペディア『社長シリーズ』によれば同じ1962年の「4月29日」に公開されたということです(ゴールデンウィーク映画か)。

 日本映画黄金時代の当時、特にこの作品のようなプログラムピクチャーは、突貫工事で2、3か月に1本の割合で作って公開されていたと思います。それでいくと4月末公開のこの映画の撮影は2、3月ころではなかったか。

 ということは、ここに写っているのはまさに完成寸前か完成したばっかりのピカピカの香港大會堂ということになります。

 現地の香港人コーディネーターが東宝のスタッフにぜひ撮ったらと勧めたのかも。



 そんな戦後香港の発展のシンボルだった香港大會堂。 しかし、今や他の超高層ビル群に囲まれて完全に埋もれてしまいました!

 このブログの一番上にあるトップ画像を見てください。(トップ画像は差し替えました)

 これ。(クリックすると拡大します。)

cityhall_present.jpg 矢印の先の赤丸で囲んだ小さなビルがそうなのです!!!

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コメント(2)

こんばんは。
『社長洋行記』(正・続、共)の香港ロケ、お説の通り、1962年3月です。
1964年、宝田明が電懋の『最長的一夜』出演のため香港を訪れた際、王莱と手をつないで大會堂前を歩いている写真が『國際電影』に掲載されています。
当時は香港を象徴する建物の1つだったのでしょう。

せんきちさん

こんにちは。
お、やはり3月に撮影してたんですか。
せんきちさんはこの頃の映画に詳しいので脱帽です。

それにしても、3月にロケ、そのあと編集して音入れたりして、
全国の映画館にプリント送って4月末に公開とは、
すさまじいスケジュールです。
日活の映画とかも含めて、当時はこれが普通だったのか。

1980年代の香港映画もこんな感じかそれ以上だったんだと思います。

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このページは、学芸員Kが2009年9月 4日 23:53に書いた記事です。

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