龍城戲院と低層建築群の場所、判明か?

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 この記事の続きです。

 知りたいのは、下の写真の青丸の「龍城戲院」が面している2つの道路のうち、黄色い線の道路が何かということです。

 その道路をはさんで向かい側の低層建築群の場所を知りたいのです。
 
slide-10-yellowline.jpg 龍城戲院が建っていた場所は、先の記事に書いたように、当時の新聞広告からも「獅子石道」であることがわかりました。

 しかし、龍城戲院は、これもすでに書いたように角地に建っているので、建物の2面が道路に面しています。

 片方は「獅子石道」に面していることになりますが、もう片方がなんという道路に面しているかが問題になってきます。

  「獅子石道」に面した「角地」は、下の赤丸のところです。合計8つあります。(地図をクリックすると拡大します)

ryujou-where-map.jpg 龍城戲院が建っていたのは、この8つの角地のうちのどれか、ということになります。


 Google香港で「龍城戲院」を検索したら、「ウィキペディア」がヒットしました。

 維基百科「香港已結業戲院列表」

 このページは以前、当ブログでも紹介したことがあります。「香港の閉館した映画館リスト」のページです。

 見てみると、こういう記述がありました。

 「龍城戲院 - 位於賈炳達道,1952年1月26日開幕,建築物已拆卸。」

 ここでは「龍城戲院は賈炳達道にあった」、となっています。

 この記述を信頼するなら、上の8つの赤丸のうち、龍城戲院は、先の新聞広告に載っていた「所在地」としての「獅子石道」と、ウィキペディアのいう「賈炳達道」の、この2つの道路が交わる角地ということになるのではないか。

 すると、下の A と B の2カ所のどちらか、ということになります。

ryoujou-map.jpg この2つのうち、先の夜景写真に写っている龍城戲院の位置を考えると、どうやらと思われます。

 で、A にせよ B にせよ、どうやら写真の黄色い線の道路は、「賈炳達道」ということになると思います。

 賈炳達道だとすれば、写真の暗い低層建築群のエリアは、かつて九龍城寨の周りに存在した、阿朗さんが言われる「西頭村寮屋區」ということにならないでしょうか。

 で、青丸の龍城戲院と、赤丸のビルは、同じ道路に面しているように見えます。

 ということは、
 

 「このビル(赤丸のビル)が面している道はCarpenter Rd(賈炳達道)で、低層住宅の地域は現在のKowloon Walled City Park(九龍城寨公園)ではないかと考えてみました。 」(カッコ内太字は学芸員K)

 がズバリ正解ではないでしょうか!? 

 でも、ただどの写真にもあの「九龍城砦」の固まりらしきものは見えません。上手くカットされているのか、それともまったくの見当違いなのか......。」 不思議ではあります。

 でも、これが正解のように思えますがどうでしょうか?

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コメント(15)

すごいですね!どんどんわかってきて楽しいです。
私の仮説を裏付けてくださる資料がたくさん出てきたのもとても嬉しいです。

最後に残った謎(笑)は「撮影ポイント」と「九龍城砦」ということになりそうですね。撮影ポイントは、実際の高低差が今一歩わからないのですが、グーグルアースで似て見えるポイントを探したところ、Lok Fu Parkか、この延長上あたりのような気がします。結構角度がないのにびっくりしました。

「九龍城砦」については阿郎さんがリンクしてくださったページを見ると、当然ながら最初はただビルが多く建っている状態で、その後にどんどんくっついて「砦」になっている様子がわかりました。そうすると、白黒写真でははっきりわかる赤丸のビルが「手前にビルがあって見難くなっている」この手前のビルこそが初期の「九龍城砦」なのではないでしょうか。位置から考えると良い推測かと思いますが(笑)。

また蛇足ですが、夜景写真の右側やや下(上の写真だと青と黄色の線が交わっているすぐ下あたり)に切妻屋根の、教会のような建物が見えますが、阿郎さんのリンク先にある写真にもこの建物を発券することができました。

連投すみません。

阿郎さんのリンク先の写真を見ると、「九龍城砦」は中央部にぽっかり空間が空いています。この部分は養老院と幼稚園でこの部分だけは高層化されなかったそうです。この低層部は「九龍城砦」が出来る途中の写真で建物がよくわかりますが、切妻屋根の建物がいくつかあり、それは同じ向きではなくて90度に組み合わされているようです(意味通じますか?T字型というか…)

この建物らしきものが白黒写真で見ることができます。建物の向きと窓の形がポイントです。
白黒写真の左側最前の建物の中に、窓がほとんどなくほかの建物とくらべて少しだけ大きめなビルがあります。その右側に切妻屋根の建物が2つ並んでいます。大きめビルに対して45度くらいの斜め角度です。この奥の建物の窓の並びがちょっと変則的ですが、これと同じものが見られます。

つまり白黒写真ではまだ「九龍城砦」は影も形もなく、夜景写真やカラー写真では建設途中だと推測できるのではないでしょうか?

蓮花さん、初めまして。
「九龍城寨建設途上説」に思わず膝を打ちました。この写真(B&Wと夜景)は、九龍城寨北東での本格的な高層化が始まる直前なのですね。

余談ですが、九龍城寨と言うとどうしも例の大厦群に話題が集中しがちですが、本来はこの地域一帯(現在・九龍寨城公園となっている全域)が中國大陸との歴史を映し出していたはず。政府にとっても大厦群よりも、むしろ西頭村を始めとする寮屋(木造バラック)こそが目障りな存在だったに違いないと思っています。

香港人網に回顧百年香港舊貌」と題する大量の相片中に「1958年九龍城與城寨」という写真を見つけました。

http://www.hkreporter.com/talks/thread-764405-1-1.html

これがどの角度から撮られたものか不明ですが(啓徳側からに見えますが)、眼前に広がる空き地に「大躍進政策」や「文化大革命」などを逃れて来た流民によって寮屋が建てられていったのでしょうね。

それにしても今回は滑走路との角度に誤魔化されました。彩色写真に写っている墓園は、東頭村道北側の基督教墳場、巴土道は蓮花さんご推測の聯合道で間違いなさそうですね。
改めて当時の見晴らしの良さに感動させられました。

阿郎さん、いつも豊富な知識に驚いています。今回も資料をたくさん教えていただきありがとうございます。

私はあまり広東語にも詳しくないので、一応あの九龍城の高層違法建築の固まりを指して「九龍城砦」と表現させていただきました。

今回のリンク先…なんか見覚えのある写真がチラホラありますね(苦笑)。
ご指摘の写真以外にも九龍城を撮影したものがあり、
1950年興建中的東頭村
1958年九龍城
1958年九龍城與城寨
の3つは、ほぼ同じ場所を写しているのではないかと思います。(背景の山の形、ビル・唐楼?の形から)
阿郎さんはこれらの写真の手前に広がる空き地に西頭村を始めとする寮屋が建てられた…と推測しておられますが、私はちょっと違います。
今回いろいろ調べて、現在・九龍寨城公園となっている全域がすぐ後ろに山を背景にしている地域だということを初めて認識しました。これらの写真だとあまりに山が遠すぎる思うのです。

私はあの空き地は太子道西より南の地域ではないかと考えています。そして向こうに見える唐楼は龍城戯院があった賈炳達道と太子道西に挟まれた地域、現在の九龍寨城公園はその向こうで、上のコメントに書いた私の仮定が正しいとすれば、この時代はまだ高い建物は何もなかった…ということになります。
空き地には後々高架道路はじめ、空港の整備を第一とした街づくりがされていったのではないかと予想しています。
毎度の事ながら裏付ける資料はありませんが、今のところそのように感じています。
また何かご指摘いただければ幸いです。

蓮花さん

今回は、蓮花さんが見つけた「映画館」から
一気に答えが見つかりました。
私こそ楽しかったです。
画像検索で偶然「龍城戲院」の写真が画面に出てきたときは
本当に驚きました。考古学者が何か発掘したときもこんな感じか?

私も今回、九龍城砦のすぐ近くまで山が接近していることを再認識しました。

今はちょっと時間がないのですが、蓮花さんの新たなご指摘の件や疑問、おおいに考察の余地ありですのでまた考えてみます。

それにしても前回の「德輔道」のときも蓮花さんは正解(だと私は思う)を導いたので、その眼力に敬服しております。

阿郎さん

今回もいろいろな正解への足がかりとなる材料を提示いただいてありがとうございました。

新たなリンク先拝見しました。「1958年九龍城與城寨」の写真、当時はこんな感じだったとは驚きです。ところで「60年建成的始創行麗聲戲院皇冠酒樓」の写真……(笑)。

九龍城砦のビル群が出来上がっていく過程はたいへん興味深いです。

蓮花さんからも新たに興味深い指摘がなされましたし、時系列に九龍城砦の写真を見ていって、地図と照らし合わせて調べると面白そうです。

>西頭村を始めとする寮屋(木造バラック)こそが
>目障りな存在だったに違いないと思っています。

私は、調景嶺を思い出しました。調景嶺もそんな存在だったと思います。今では新しい電車も通って、駅前は高層マンション街となってしまいました。

こんにちは。
石井輝男監督の『ならず者』に、今回話題となったバラック群らしき場所がちらりと出てきます。
健さんが持っている住所のメモには「九龍城××××(×部分判読不能)地下」と書いてありました。

せんきちさん

『ならず者』は観ました! 阿郎さんからビデオをお借りしてダビングさせていただいたのです。
再度観てみます!

學藝員Kさん

今回もまた古い写真をネタにいろいろ愉しませていただきました。知らなかったことが新たにわかったり、勘違いしたまま覚えていたことに気付かされたり、たくさんの新しい発見がありました。どうもありがとうございます。
調景嶺はすっかり変貌してしまいましたね。かつての交通の不便さが嘘のようです。劉徳華の「天長地久」が見納めでした。そういえば元は吊頸(首吊り)嶺と呼ばれる土地だったと聞きました。そこへ蒋介石派残党を住まわせたというのも香港史の一断面を見た思いがします。

蓮花さん

> あの空き地は太子道西より南の地域

ありがとうございます、ご指摘通りだと思います。よく見ると巴士站(ロータリー)がありますね。太子道西と亞皆老街、そして馬頭圍道が束になったところ(現・世運公園)は80年代までロータリーでした。

それにしても60~70年代の香港の景色を見るとどうしてこんなに胸が騒ぐのでしょう。もとより粉末都市(by 蘇敏怡)であるはずなのに。

阿郎さん

阿郎さんの深い知識に敬服してしまいます。打てば響くというか。

以前のコメントでも「消失中的香港:粉末都市」のことを書かれていましたね。この本は未見ですので見てみたいです。香港の街を描いたイラストを見るのが好きです。

調景嶺はたった一度だけ、再開発寸前のその晩年に行ったことがあります。調景嶺に到着してミニバスで運転手の広東語がわからず困っていたら、乗客の女性が間に入って中国語で通訳をしようとしてくれました。私が台湾から来たと思ったのかもしれません。

2006年にもう一度調景嶺に今度は電車で行って降りてみたら、ピカピカの超高層マンションが並んでいて思わず立ちすくんでしまいました。

私は、超高層マンションを見上げるのも好きなのですが、どこに行っても判で押したような景色なので残念です。

健さんのメモ、もう一度よく見てみたところ、「九龍城地下××(判読不能)」でした。

せんきちさん

わざわざご確認いただいて恐縮です。
というか、あらためて確認したかったんですよね!?(笑)
もしそうであれば、キモチよーくわかります。

私も見てみますね。

> この本は未見ですので見てみたいです

『粉末都市-消失中的香港』のすばらしさは言葉ではなかなか伝えきれません。内容は言うに及ばず、造本も秀逸です。片観音開きで展開される粉末都市の細密画にはただただ感嘆させられるばかり。同書が昨年12月「香港印製大獎」の最佳出版意念獎を受賞したのも肯けます。その一端は下記サイトにてご確認いただけます(画面クリックで内容サンプル表示)。

http://www.smstella.com/books/hkpowder/1.htm

HK$168という価格にも驚かされます。香港では「漫画」扱いだからでしょうか。現地(香港)書店ではまだ売られているようですが、yesashia.comではすでに品切れのようです。

ちなみに、作者の蘇“Stella”敏怡小姐の存在を私が知ったのは、古い唐樓をテーマにした卒業制作「好鬼棧」を冊子で見たのがきっかけ。人物画は人によって好き嫌いが別れるところかもしれませんが、自身による目撃、あるいは撮影(愛機はKodak EasyShare V705とか)を基に再現された細密表現には興奮を覚えずにはいられません。彼女のサイトへも足を運んでみてください。

http://www.smstella.com/

阿郎さん

リンク先拝見しました。すばらしいです。
以前はyesasiaでも売られていたんですか。
欲しいです。

きのう、神保町の東方書店と内山書店に行きました。
ひっそりと『粉末都市-消失中的香港』が本棚の片隅に置かれてはいないかと。
ありませんでした。
東方書店の店員さんに、
「香港の本で168香港ドルのものは、取り寄せるといくらになりますか」と聞きましたら
「表記の価格に30円を掛ける計算になります」とのことでした。
168×30で5040円になる計算です。現地価格のだいたい2.5倍です。
うーん。とりあえず、注文せず帰ってきました。迷います。
こうなりゃ香港に行くか!?

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     この記事について

このページは、学芸員Kが2009年7月12日 18:14に書いた記事です。

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