下の記事へのコメントで太太さんが言われた「茶色いレンガの建物」。もしやと思い探してみたら、私が撮った写真がありました。同じく1986年3月、ネガフィルムを見てみますと、YMCAと同じ日に撮ったもののようです。
壁に白地に黒い文字、というのは私の記憶違いでした。白い文字でした。
この建物、「こんな建物あったなあそういえば」、という感じで、私にとっては当時から「謎の建物」でした。
なんか壁一面の扉が消防署みたいです。香港島の軒尼詩道の湾仔と銅鑼湾の間にある消防署がこんな感じだったような。
下の記事のコメントでも書きましたが、尖沙咀のここらへんの景色は、当時から現在まで、なぜか私にはかなり記憶が薄いです。
このあたりを歩いているときは、それがこれから香港島へ向かう場合は気持ちがすでに香港島に行っていたり、逆に香港島からスターフェリーで戻ってきたときは気持ちがすでに尖沙咀の繁華街に向かっていて、この界隈の景色が頭の中をスルーしてしまうからなのか? 現在もどんな建物があるのか曖昧ですが、どうやら、ここは例の再開発のところですね。
ところで建物の手前の道路標識、「油蔴地」となっています。「香港街道地方指南」を見ると「油麻地」ですが、「油麻地」は本来は「油蔴地」なんでしょうか。ほかでも見たことがあります。油麻地の「麻」の表記は前から少し気になっていました。
壁に白地に黒い文字、というのは私の記憶違いでした。白い文字でした。
この建物、「こんな建物あったなあそういえば」、という感じで、私にとっては当時から「謎の建物」でした。
なんか壁一面の扉が消防署みたいです。香港島の軒尼詩道の湾仔と銅鑼湾の間にある消防署がこんな感じだったような。
下の記事のコメントでも書きましたが、尖沙咀のここらへんの景色は、当時から現在まで、なぜか私にはかなり記憶が薄いです。
このあたりを歩いているときは、それがこれから香港島へ向かう場合は気持ちがすでに香港島に行っていたり、逆に香港島からスターフェリーで戻ってきたときは気持ちがすでに尖沙咀の繁華街に向かっていて、この界隈の景色が頭の中をスルーしてしまうからなのか? 現在もどんな建物があるのか曖昧ですが、どうやら、ここは例の再開発のところですね。
ところで建物の手前の道路標識、「油蔴地」となっています。「香港街道地方指南」を見ると「油麻地」ですが、「油麻地」は本来は「油蔴地」なんでしょうか。ほかでも見たことがあります。油麻地の「麻」の表記は前から少し気になっていました。













この建物、消防署ではなかったです。看板を良く見ていただければ、文化芸術という文字が読めるでしょう。
むか~し入ったことがありますが、お土産物屋さんでした。
美桜子さん
入ったことがあるんですね。
私も入ればよかった……。
それにしても、写真を撮っておきながら言うのもおかしいですが、昔は尖沙咀の突端にこんな赤レンガの低層の建物があったんですねえ。(と、書きつつ、先に書いた理由による記憶の薄さから、当時はもちろん現在に至る変遷も、そして現況ですら、ここがどんな状態なのかさっぱりわかりません……)
こんにちは。いつも勉強になるなぁ、と感謝しつつ、拝見しています。
▼尖沙咀
美桜子さんもおっしゃっているように、工芸品を揃えたお土産やさんで、福祉関係の団体が(たしか、身体障害者の皆さんが作製された作品を)販売していたように記憶しています。
▼油麻地
今日、たまたまこの方面に行きまして、警察署の前を通りかかったら「油蔴地警署」になっていました。
この建物は19世紀の創建ですので、地名としては本来は「蔴」だったのかも知れませんね。そのうち古地圖も調べてみたいと思います。
kumabohさん
こんにちは。
香港にお住まいですか。香港在住者は私にとって天上人です(笑)。旅行ではなく香港で「生活」というものを一度でいいから体験してみたいです。
レンガの建物、やはり工芸品のお土産屋さんだったのですね。
ところで私、見落としていました。この建物、
先の記事
http://kengshow.com/blog/2009/04/post-262.html
に載せました上から3つめの「1881HERITAGE」の完成予想図(模型?)写真の右下、件の建物のところに「前消防局」となっています。見落としていました。
この建物、昔はやっぱり消防署だったのです。やはりあの大きな扉のようなものは消防車の出入り口だったのでしょう。どうりで香港島の軒尼詩道にある消防署と様子が似ていると思いました。
消防署が閉鎖された後、お土産物屋として使っていたというこですね。
>地名としては本来は「蔴」だったのかも知れませんね。
「油麻地」の「麻」はもともとは「蔴」という線が濃厚のようですね。
コメント、ダブってしまい、申し訳ありません。
香港で暮らしていると、「生活」が本当に「生活」になってしまて、難しいものがございます(^^;
さて。その後、写真に写っている「油尖區文化藝術協會」の文字列でググって見ますと、仰るとおり、消防署だったとの記述が見つかりました。下に URLと記事を貼り付けます。
「蔴」については、そういえばと思って、「ヤウマティ・フェリー」のサイトに行ってみたら、今も「蔴」を使ってますね。これも下に貼り付けます。
▼舊尖沙咀消防局 (油尖區文化藝術協會)
今日位於尖沙咀梳士巴利道、文化中心對面的油尖區文化藝術協會,便是從前舊尖沙咀消防局的所在地。尖沙咀消防局於1920年建成,高兩層,以紅磚建築,地下為車庫,二樓則為宿舍。至1922年,加建樓房一座,亦高兩層,用作消防宿舍。當時消防局內有消防隊長一名及三十名消防員駐守。
1970年代,尖沙咀區發展迅速,消防局的地方不敷應用,須遷往他處,舊址改作郵政署的包裹收發部;1985年,轉交水警部運用;1986年,該建築的前座租予油尖區文化藝術協會。至1991年,後座則用作警察茶水部辦公室。
http://qcrc.qef.org.hk/webpage/19984196/1/ytmheritagetrail.html
▼香港油蔴地小輪
http://www.hkf.com/hyf/index_c.html
kumabohさん
この建物は1920年に建てられたのですね。こんなところに消防署が建てられたことが、当時は九龍の市街地が尖沙咀エリアにコンパクトに集中していたことを伺わせます。
>1986年,該建築的前座租予油尖區文化藝術協會。
私が撮影したのがまさに1986年です。
HKFは1980年代(1990年代前半?)まではいろんな航路を持っていましたが、九龍の埋め立てでいくつか碼頭がなくなってちょっと影が薄くなりましたね。
大変参考になりました。調べていただき多謝多謝!