昔の香港の画像(デカイ)が満載

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 サイトの掲示板のほうで、悠さんから教えていただきました。古い香港の画像がたくさんあるサイトです。

http://www.skyscrapercity.com/showthread.php?s=46ff2a9a5ea1b1b45477beaae53d84ce&t=624220

 サイズがデカイので、細部まで見れます。なかにはスキャナにかけるときに付着したのかゴミが映りこんでいるものもあり、逆に生々しいです。

 モノクロ、カラーたくさんの写真がアップされていますが、そのうちの1枚にこういうのがありました。

where is here.jpg

(写真をクリックするとオリジナルの大きさで見られます)

 写っているクルマからみて、1950年代ではないかと思われます。これはどこなんでしょうか。上環でしょうか、灣仔でしょうか? 後ろに写っているのは、山? わかった方、教えてください。

 写真の左に写っているトラムの番号を見たら「130」となっています。

tram130old-2.jpg

 私がいままで撮ったトラムの中にこの「130」がないか探しましたら、ありました。ポールスミスの全面広告の車両です。

tram130new.jpg

tram130new-2.jpg

 2006年3月に撮影したものです。同じ固体にずっと同じ番号が付けられているのならば、このモノクロ写真と私がその半世紀後の2006年3月に撮った「トラムNo.130」は、同じ車両ということになります。

 悠さん、情報ありがとうございました。

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コメント(46)

情報ありがとうございます!
なるほど~
古き時代の香港を堪能しました~感謝!

もちさん

いえ、感謝は、最初にこの情報を伝えてくださった悠さんに!

古き時代の香港は本当にいいですよね。
私が一番好きなのは1950~1960年代です。
当時の茶餐廳の様子を知りたいのですが、いまのところ写真はほとんど見かけません。
あと、当時の映画館の様子ももっと知りたいところです。

わあ~~~、早速アップしてくださったのですね。
恐縮です!!

たしかに当時の茶餐廳の店内の様子の写真ってないですね。
またこのサイトに載せてくれればいいのですが。

あのトラムの場所はなんとなーく銅鑼湾のような気がします。
バックに山があることを前提に地図で確認してみると、レールの直線上をたどると寶馬山(ブレマー・ヒル)にぶつかるんですよね。
山の大きさからするとそんなに遠くない場所ということで銅鑼湾と勝手に思っております。

でも現在銅鑼湾方面に向かうトラムから正面に山が見えたかな??といまいち記憶が曖昧です。

こんにちは。
すごい写真ばかりですね。見入ってしまいました。
1950年代、”慕情”の頃ですよね?

悠さん

茶餐廳とか、屋台とか、人々の暮らしが写った写真をもっと見てみたいですよね。
地元の写真集でもう何年も前ですが「民生苦樂」など2、3冊手に入れました。でも、でもやっぱり書籍なので選ばれて掲載されている写真はなんだか芸術っぽいです。ネットでもっと普通の人々の撮った古い写真を見てみたいです。

でも、日本の普通の人々の撮った古い写真が当然ですが家の中に眠っているのと同じように、香港の写真もネットにはアップされていないのでしょうね。

1970年代の香港の普通のアパートの中の暮らしを見てみたいです。普通の人々が撮った街中の写真の背景に、たとえば映画館の看板が出ているのなんかをもっと見てみたいです。

私もときどきネットで探してみるのですが、なかなか見つかりません。
また何か発見したらよろしくお願いします。

太太さん

そうですね。「慕情」は1955年の映画ですね。
映画の冒頭、タイトルバックで、空撮で香港の街並が出てきますよね。古い街並みがものすごく興味深いです。
なんというか、香港の街全体が「上環」の雰囲気というかモノトーンの雰囲気です。
もしタイムトリップできるなら、いま一番私が行ってみたい時代は1950~1960年代の香港です。

初めまして。いつも楽しく拝見しています。一枚目の写真の場所は、電車の表示が跑馬地となっているのと、軌道の曲がり具合、そして周囲の景観・地形から察するに銅鑼灣地區の軒尼詩道から波斯富街へ折れたところではないでしょうか。確信はありませんが。

上記でコメントした阿郎ですが、軌道が2本というのは波斯富街ではないですね。ごめんなさい。やはり灣仔周辺なのでしょうか。

阿郎さん

こんにちは。はじめまして。
最初のコメントを拝見したとき、私も「そうか、波斯富街へ折れた支線だ!」と思いました。
でも、そうですよね、波斯富街を走るのは単線ですよね。

ひょっとして、当時は複線だったとか…? でも、そもそも道路の幅が合わないか…?

建物や看板から判明するかもしれませんね。

どうも山が気になるのですが、支線じゃないとするなら、どこからこんな山が見えるのでしょうか…。

写真の場所なのですが、私の想像では
上環で直角に曲がるところありますよね?
あそこを海側から山側に見ているのではないかと…。

現在の地図で見ると、道はほどないところで突き当たっているので
道の先にあるビルも納得がいくかと。

ネットで探して同じ写真は見付からないのですが
逆側のコーナーの写真だと線路の角度が近いような…
http://blog.livedoor.jp/yumcaomei/archives/51637452.html

上環のあたりは古くから栄えていたと思いますし、
いかがでしょうか?

K先生
山が鍵ですが今や山を伺える地点が希少になってしまったためなかなか思い浮かびません(50~60年代の写真は地形が分かるものが多いですね)。唯一の頼りは、第一茶樓という名前でしょうか。
それにしてもこのサイトには驚きました。悠先生、多謝! 80年代末頃までは60~70年代の香港を写し撮った繪葉書やスライドが街角などで売られていた覚えがあります(半端な古さ故、観光客には不人気だったようですが)。日本の過去の画像や映像には全く関心を抱かないのに、香港の回顧相片を見て溜息をついている自分とは(^^)

蓮花さん

ここですよね。

http://maps.google.co.jp/maps?hl=ja&ie=UTF8&ll=22.286902,114.150854&spn=0.001626,0.001695&z=19

急庇利街を海側(干諾道西)から見たということですよね?

これは、正解かもしれません! ここからだと当時は山が見えたでのしょう。ただ、写真は、道路の幅が広くていかにもメインストリートっぽいのと、写真では奥行きがけっこうあるので、そこがちょっと疑問点ではあります。

Googleの航空地図を見ましたが、あらためてここらへんも高層ビルだらけなのだと思いましたよ。

(ところで德輔道って、Googleの地図のようなこんな2つのラインの道でしたっけ?)

阿郎さま。

いえいえどういたしまして。

いや、正直こんなに反響があるなんて思ってもいませんでした。
楽しんでいただけたようで私も紹介した甲斐があったというものです。

で、上記のサイトを見つけたきっかけになったのがこちらです(画像がだぶっているのもあります)。

http://www.flickr.com/photos/14463561@N06

あまり大きな画像はありませんがこれもまた未見の画像がけっこうあります。

阿郎さん

ふたたびのコメントありがとうございます。

>唯一の頼りは、第一茶樓という名前でしょうか。

私もなにかのきっかけでこの看板から判明しそうな気がします。

ウチにも妻が親戚からもらったスライドとビューアーがあります。70年代頃なのでしょうか。定番の夜景などがスライドで見れますが、これはこれで今では貴重な写真です。

私の場合、香港の古い景色に興味を持ったのがきっかけで、東京の街中の古いアパートなどにも目が行くようになってしまいました(笑)。

悠さん

いま、閉会式見終わったとお見受けしましたよ(笑)。
皆さんにいろんなコメントをいただくきっかけをくださって感謝です!

またまたリンクを貼ってくださったところ、うわ、これも興味深い!

きょうはこれから寝ますが、じっくり見たいと思います。

左側ハッピーバレー行きのトラムのパンタグラフが後ろを向いているとすれば左側通行のトラムですから銅鑼湾よりセントラルよりはありえないことになりますので上環は不正解です。

私の勘違いでした。

右側が何処行きかで撮った方向が判明します。

xxxさん
こんにちは。パンタグラフの向きについてはノーマークでした。写真からは行き先がどうにも読めないですが、まだまだこの写真には判明の材料となるものがありそうですね。ヒントありがとうございます。

この写真集の2つ目のカラー写真の左側にQueen's Roadの表示が壁に貼ってあります。当時Queen's Roadがこの広さということはこのトラムの写真はそれ以前ですので現在の銅鑼湾、そごうの前の通りではないかと思います。後ろは山ではなく雨が降っているので雲かシミみたいなものではないでしょうか。

まだまだ謎解きが続いていますね。楽しめるエントリになりました。

> 右側が何処行きか

漢字3文字は跑馬地と筲(竹/肖)箕湾、銅鑼灣、そして車庫のある石塘咀ですね。シルエット的には筲箕湾のように思われます。アルファベットは跑馬地か筲箕湾かと。とするなら跑馬地~銅鑼灣~筲箕湾の間でしょうか。
筲箕湾方面へ行く機会が少なくなったので景色が思い浮かびません。下記のサイトなどを参考に記憶を辿ってみましたが、曖昧なままです。
次回渡香する際の良い宿題ができました。

http://www5f.biglobe.ne.jp/~hongkong/tram01.html
http://www.2427junction.com/chinahongkongtr.html

xxxさん

>後ろは山ではなく雨が降っているので雲かシミみたいなものではないでしょうか。

そう言われて、「あ、そうか!」と声をあげそうになりましたよ。そう言われれば、山じゃないような気がします。山でなかったら、選択肢は一気に増えます。

そごう前というのはここらあたりですね。

http://maps.google.co.jp/maps?hl=ja&ie=UTF8&ll=22.280052,114.186004&spn=0.003539,0.003793&z=18

なんか正解なような気がしてきました。

阿郎さん

>漢字3文字は跑馬地と筲(竹/肖)箕湾、銅鑼灣、そして車庫のある石塘咀ですね。
>シルエット的には筲箕湾のように思われます。

そこまで深く見てなかったので目からウロコです。阿郎さんの言われるとおり、跑馬地~銅鑼灣~筲箕湾の間が濃厚かもしれません。xxxさんの推理と重ね合わせると、そのなかでも銅鑼灣なのかもしれません。

皆さまがいろんな情報を写真から読み取られるので驚きです。私もほかに何か情報がないか、発見したいです。

古い写真を読み解くのがこんなに面白いとは思いませんでしたよ。

しつこいようですが(笑)
この写真の撮影場所について、以下のように考察してみました。

悠さんが教えてくださった「きっかけになったサイト」から写真を探してみました。
(手元に良い資料がありませんでしたので)

まず、正面に写っているビルに注目しました。屋根がのっかっているようなデザインで、ちょっと目を引く感じです。このビルが写っている写真を探してみました。
http://www.flickr.com/photos/fonglaikuen/1721929269/sizes/l/
セントラルの旧香港上海銀行の隣りに建っているビルがとてもよく似ています。
http://www.flickr.com/photos/fonglaikuen/1721928021/sizes/l/
旧香港上海銀行付近を上空から撮影した写真です。
http://www.flickr.com/photos/fonglaikuen/1721923217/sizes/l/
これには既にこのビルはありませんが
香港上海銀行の隣りに建っているビルはなんとなく古いデザインを踏まえているようにも見えます。
この前にトラムが走るDes Voeus Rdが上環方面に伸びており、上環方面から見ると、ちょうどこのビルの手前で道が左に折れて、道の正面にこのビルが見えることになります。

右やや下に中環街市の建物が見えますが、この少し手前のカーブ(写っている)が撮影ポイントではないかと推測します。

そして、このポイントですと地図で見る限りワンチャイの皇后大道東より南にある山?が見えてもおかしくないと思いますので、写真奥に見えるのはやはり山ではないかと推測します。(現在ではビルに隠れて見えない可能性大ですが・汗)。

行先表示は左側が跑馬地、右側が石塘咀とすれば可能性としてはありえます(文字がどのように見えるかという点は、右は3文字という以外なんとも言えません…)。

皆さんの銅鑼湾周辺という推測からは大きくかけ離れてしまうのですが、いかがでしょうか。

蓮花さん

コメントいただきどうもです。全然しつこくありません。
いただいたコメントがすぐにアップされなかったようで、すみませんでした。
おそらく、リンクを3本貼ってくださったことが、自動的に「スパム」と判断されてしまったようです。ゴメンナサイ。折を見てセキュリティの設定を標準より少し下げることにします。

で、撮影場所のご推理の件、「おおおー!」です。

すみません、いま、時間がありません。でもなんか、核心を突くようなカンジでは!?
皆様の的を射た推理が出るたびに、「それ正解では?」と私はこっちにフラフラあっちにフラフラ状態ですわ(笑)。
あらためて後日、リンクを貼っていただいた先の写真をもっとじっくり見てから、コメントさせてください。

それにしても、撮影場所推理ってこんなに面白いものなんだ、と初めて知りましたよ。

香港仔に見てもらったら「左は往跑馬地、右は往屈地街だよ(とキッパリ)。場所は德輔街の中環街市に近いところかな」とのこと。
屈地街は「屈地街車廠入口」のほかに屈地街總站停まりがあって、その行先表示は「屈地街」らしい。調べてみると、永田幸子さんの『香港路面電車の旅』の上環のページに「屈地街」と表示された電車が!
そこで改めて問題の写真を見ると、往跑馬地電車の左横に「行」の看板が見えます。もしも中環街市の付近ならこのあたりに恒生銀行總行があったと思いますので、この看板がそれでしょうか。
ただ、中環に近く德輔街にしては道幅がやや狭い気もします(香港仔も同意)。『叮叮!電車之旅』に載っている50年代の德輔街上環付近の写真を見ても同様(狭い印象)で、道幅も海側よりも山側のほうが広めで、写真とは逆の印象です。
とは言え、蓮花小姐のコメント通り、正面の建物は旧渣打銀行大廈に見えますね。

いやぁ、あれこれ想像できて樂しいですね。よくご存じの方にあっさり正解を示されてしまったら、ちょっと悔しいかも(^^)

行はTrading Companyの意味でこの他の看板にも多く見られます。
実は1991年に香港に住んでいた時の記憶ですが、右のトラムの右上角のところに人の形をした看板があります。向こうを向き頭の上で髪を丸くまとめて手を顔の前で拍手をしているような仕草をしています。そしてその手前に光る三角形の看板。当時、この2つの看板を湾仔と銅鑼湾の間で見た記憶があります。当時、オフィスがあったセントラルから銅鑼湾に向かう時に何時もHennessy Rdでこの看板を見ていました。これが見えるとそろそろ銅鑼湾だなと思ったので覚えています。しかし、50年代の写真だとするとこの看板は何十年もここにあったのでしょうか。

私の結論としてここは湾仔のJohnston Roadですね。
現在も名前は違いますが左手前にお茶屋さんが2軒ありますし、奥の中南公司の看板の位置には中南マンションが建っています。

http://maps.google.co.jp/maps?hl=ja&ie=UTF8&ll=22.276801,114.174932&spn=0.003634,0.004635&z=18

オリジナル写真集のページ3に真ん中あたりの古いTSTの地図の最後から5枚目の写真はトラムが曲がり切った少し先の左側から右側へ向けて撮られた写真です。康年堂、大観酒店、萬昌百貨などトラムの写真の右側に写っている店が正面から撮られています。
4ページ目のクイーンエリザベスが沈んだ最後から3枚目の写真の左側のビルの看板に大茶楼の文字があります。これが第一大茶楼ではないでしょうか。この道も湾仔Johnston Roadです。

そして前に書いた人の形をした看板と三角の看板は湾仔のサッカー場に掛かっていたことをなんとなく思い出しました。

道幅も左1車線、右2車線は今も変わりません。

90%以上、間違いないと思います。

先日は当飯店にお越しいただきありがとうございます。

いやぁ~すごい写真ばかりですね。
こんなサイトもあるんですね。
50年代~70年代の香港の写真を見て
「あ、あそこはこうだったんだ」とか
「これはどこだ」と建物や交通機関から今の場所を探したりするのが
大好きです。
皆様のコメントにも大感動です。

これからも、お邪魔させていただくと思います。
よろしくお願いいたします。

>xxxさん

いろいろな角度から、xxxさんの検証も確認しているのですが、私の目が悪いのか、どうしても「人の形をした看板と三角の看板」がどれだかわかりません。
白黒トラムの写真のどの部分のことなのか、または最近のワンチャイの写真でその看板があるものがあれば、教えていただきたいのですが。
白黒トラム写真の当時から1991年当時までワンチャイのサッカー場近くにずっとあったとするなら、きっと写真を探せるはずだと思うのです。

>オリジナル写真集のページ3に真ん中あたりの古いTSTの地図の最後から5枚目の写真はトラムが曲がり切った少し先の左側から右側へ向けて撮られた写真です。康年堂、大観酒店、萬昌百貨などトラムの写真の右側に写っている店が正面から撮られています。

これについては白黒トラムの場所右側と同じだと思います。ですが、この写真がワンチャイだという記述がどこかにありますでしょうか?英語も不得手なので、どこかに記述があれば教えていただきたいのです。

>4ページ目のクイーンエリザベスが沈んだ最後から3枚目の写真の左側のビルの看板に大茶楼の文字があります。これが第一大茶楼ではないでしょうか。この道も湾仔Johnston Roadです。

この写真がJohnston Roadというのははっきりとわかりますが(右側がサッカー場ですよね?)「大茶楼」の看板は書体も違いますし、この写真の次に掲載されている写真に反対側からですが「雙(?)喜大酒楼」という看板が見えていますので、少なくとも「第一大茶楼」ではないです。

実はネット上で第一大茶楼の写真を発見したのですが、その場所がやはりまだ少々あやふやなので、いろいろな方面から確認しております。

> 私の結論としてここは湾仔のJohnston Roadですね

中環を経て灣仔へ向かう際の軒尼詩道から莊士敦道へ進入したところ、と理解してよろしいのでしょうか? その場合、左手に独特の語りをした教会・循道道が写っていると思うのですが(4ページ目のクイーンエリザベス沈没の最後か1枚目の写真参照)、それらしい様子が伺えないのがやや気になります。
50年代末に撮られた映画「スージウォンの世界(蘇絲黄的世界)」(莊士敦道が登場します)も見直してみましたが、莊士敦道にしては景観がちょっと小綺麗過ぎるように思うのですが。
「大茶樓」は書体が異なるので第一茶樓とは別のような気もします。

ちなみに、電車の間の「中南公司」ですが、蓮花小姐説(德輔街)に従えば、中環地區の德輔街と砵典乍街が交差するあたり、利源西街の対面に今も中南大廈が現存していますね。

莊士敦道と言えば、この付近は急ピッチで再開発が進められていますね。利東街は人の気配も少なく、また新京都戯院の取り壊しも間近のようです。
“転がる香港に苔は生えない”(by星野博美小姐)のだ、と頭では納得しつつも、一抹の寂しさも感じています。

独特の語りをした教会 → 独特の形をした教会

蓮花さん

ちょっとバタバタしておりコメントが遅くなりました。

リンク先の写真のビル、たしかに窓や屋根の形が同じように感じられますね。角度的にも合致しているように思います。

中環街市のカーブが撮影ポイントだとすると、写真のカーブは実際よりやや急な感じがしますが、写真に撮るとこう写るのかもしれませんね。

すでに、私がバタバタしてコメントを書けないでいる間に、さらに皆さまから別の推理が出ていますが、蓮花さんのコメントを最初に読んだとき、上のようなことを思いました。

阿郎さん

>香港仔に見てもらったら「左は往跑馬地、右は往屈地街だよ(とキッパリ)。場所は德輔街の中環街市に近いところかな」とのこと。

香港仔の援軍、頼もしいです。 写真では文字が潰れてますが、英文の文字のシルエットも、たしかに左が「Happy Valley」、右が「Whitty Street」に見えますね。

道路の幅に関して、私はよくわかりません…。狭いでしょうか?
そういえば、私が1986年に德輔道で撮ったトラムの写真があります。
ココです。一番上の写真(ポインタを置くと写真がはっきりします)。
http://homepage2.nifty.com/hongkong/tram-1.html
これは中環街市の横です。道幅が、今回のモノクロ写真とだいたい同じような感じもするし、狭いような気もするし…。

xxxさん

>右のトラムの右上角のところに人の形をした看板があります。
すみません、目を凝らしてみましたが、確認できませんでした。もともとのカタチを知っている人が見る場合と、もともとのカタチを見たことがない人が見る場合とで、認識できるかどうか、あるいは見え方が違うのだとも思います。

ただ、たしかにxxxさんも言われているように、この看板がそれだとして、1950年代と、xxxさんが滞在していた1991年で同じ場所にあったのかどうかは要調査ということですね。

で、続けてのコメントも拝読しました。挙げていただいた写真はJohnston Roadですね。私も最初に今回のモノクロ写真を見たとき、Johnston Roadと思ったのです。ただ、挙げていただいた写真と今回の写真がちょっと結びつかないような気がしますが、どうでしょうか。

ころたさん

こちらこそよろしくお願いします。

今回の写真が載っているサイトは、同志の悠さんに教えていただいたのですが、反響がありたいへん良かった! 古い香港、みなさんけっこう関心を持たれているようで、オールド香港ファンの私としても嬉しいです。

私もちょくちょくブログに伺いますね!

阿郎さん

もうひとついただいたコメントに対して。

「スージー・ウォンの世界」はまだ1回も観たことがないのですよ。観てみたいです。レンタルはあるのかな。この映画の主演のナンシー・クワンは「ドラゴン ブルース・リー物語」でレストランの女主人役で出てますね。

xxxさんが挙げられた「中南公司」について、阿郎さんが言われる「中南大廈」は香港街道地方指南では「中南行」となってますが、ここですね。

あと、「転がる香港に苔は生えない」、私は香港のノンフィクションもので、この本が一番好きです。

横から失礼します。

「スージー・ウォンの世界」は日本版DVDには残念ながらなっておりません(アメリカ版があったような)。
ビデオテープでならば渋谷のツタヤにレンタルでまだあるようです。
中環の旧フェリーピアの前の様子が今と全然違っていて、動いている映像で見られるのは新鮮な驚きです。

悠さん

そうですかあ、DVDはないのですね。
渋谷のツタヤは、メチャクチャ品揃え豊富ですが、ここで借りるには気合がいりますなあ(笑)。

ところで、すみません、3つ上の、ころたさんあての コメント、記述間違いで訂正しました。

今回のサイトの件、

誤 「同志の悠さんに教えていたのですが」

当然、間違いです。

正 「同志の悠さんに教えていただいたのですが」

です。

悠さん、失礼しました。

悠さんに掲示板で教えていただいた写真サイトが、こんなに皆さまに反響いただけるとは!

私の言っている場所は地図で示したようにJohnston Roadと湾仔道、Fleming Roadの交わるところのカーブです。大有大厦の前のカーブで銅鑼湾側から来た右曲がりのカーブです。教会とは反対側の方向です。
先日、たまたまここを通ったのでこの写真を撮った場所を確認しました。レールの曲がりから道幅、右奥に昔、見えた人の形をした看板の位置など総合的に見てここで間違いありません。
ご指摘のように見たことが有る人にはわかるのかもしれませんが私にははっきりとこの看板が見えます。三角の看板は確か東芝の看板だったと思います。

xxxさん

コメントありがとうございます。
皆さまからのコメントをたくさんいただきましたが
コメント数が多くなり読みづらくなってきたと思われますので、
あらためて記事としてアップしようと思います。そちらをご覧ください。

おお、かつて十雲丹の電飾がかかっていた大廈が建つ場所ですね。それを背景に撮られた相片でしたか。確かに大廈の間隔や街路の様子(右手に街路が少なく左手に街路が多い)を含む地形はほぼ合致する気がします。

その場合、電車の進行方向と行先表示板は合致していますでしょうか。件の写真では左の電車が往?馬地で、右が往屈地街(こちらは百%の確証はありませんが)になっています。
それと老舗の名店「龍門大酒樓」や「雙喜樓」の看板が見えてもいいような気もします(雙喜樓は袖看板がなかったかも知れません)。どちらも距離的には少し遠い場所にありますので手前の看板に隠れてしまっている可能性もありますが。
さらに、60年代に上記付近で撮られた(ただし逆方向から)と思われる観光用繪葉書が手元にあるのですが、看板で合致するのは唯一「中南銀行」のみでした。その中南銀行も三角街角ですから、件の写真で言うならもう少し手前に位置するようにも思います。

繪葉書と類似の写真がこちらに(繪葉書はもう少し韮林明道寄りが写っています):
http://www.pbase.com/anubis_photo/image/25856300
中南銀行近辺に古い看板が幾つかありますが、件の相片と一致するものが見当たらないと思いませんか。

あくまでも印象でしかありませんが50年代の灣仔莊士敦道にしては件の相片は少し小綺麗で(現在とは比較にならないほど以前はごちゃごちゃしていました)、道行く人の服装もこざっぱり(地元の人が行き交う場所にしては)しているような感じがします。

ご指摘の場所を撮影した映像がYoutubeに上がっていました。
「港島叮叮之旅」
http://uk.youtube.com/watch?v=ByMABMc2IAQ
全体6分のうちの2分25秒あたりからがその場所です(ちょうど一旦編集の鋏が入った直後)。見通しが良いこともあり龍門大酒樓がはっきり見えています。

ただxxxさんの情報は実際に当地を連日往来していた方のものなので、皮膚感覚として有力な説のようにも思います。

いずれにしても今回、一葉の相片の持つ情報量の多さに改めて感心いたしました。

阿郎さん

YouTube見ました。

今回の写真がどこで撮られたかは別にして、トラムから見下ろす映像を見たら、莊士敦道は私の頭の中にあるものよりすごく幅が狭いですね。特に、トラムの山側。いわゆる自動車用の車線はあるのか? トラムと共有なのか? 現地では気にも留めなかったので…。

写真も見ました。そうか、「中南」というのは銀行として各所にあるのですね…。

中南は現在の中国銀行Bank of China(Hong Kong) Ltd.です。
香港内の数社が合併して現在の中国銀行が出来ました。中南はその内の一行です。湾仔のここに現在、中国銀行があります。

xxxさん
ありがとうございます。いま、時間がとれないので、また改めてコメントいたします。すみません…。

xxxさん

>中南は現在の中国銀行Bank of China(Hong Kong) Ltd.です。
>香港内の数社が合併して現在の中国銀行が出来ました。

知りませんでした……。

いま、ウィキペディアも見てみました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E9%8A%80%E8%A1%8C_(%E9%A6%99%E6%B8%AF)

すごい衝撃を受けました。

私はあのタワーができたときから、そして本土が「回収」する前の英領時代に香港の紙幣を出していても、香港の中国銀行は100%中国の出先機関だと思ってました。頭でそう決め付けていたというか、なはっからそういうものだと、よくも考えず「中銀=本土100%」と認識してました。

あの中国銀行は中国系とはいえ、現在は「母体行である本土の中国銀行とは法的にも別組織」だったんですね。知りませんでした。

もしかして、皆さまご存じだった…?(汗)
いや、私、けっこうひっくり返りました。

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     この記事について

このページは、学芸員Kが2008年8月23日 09:09に書いた記事です。

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